FrontPage 一覧 履歴 検索 メール sasac MyWiki.jp
タグ一覧

arekore - 女子大の博士号


このページへの通算アクセス数 = 2404 件

質問

「女子大であることは博士論文の審査基準に影響を与えますか」

結論からいえば
「影響は与えません。与えることがあってはなりません。」
というのが私の意見です。

一口に女子大といっても、その理念や教育方針は千差万別です。「歴史的に社会通念として広く受け入れられてきた両性の役割や価値観を前提にしたうえで、円満な家庭人を育成するための教育を施す」ための高等教育機関を民間が運営することを阻む権利はないし、その教育機関に望んで進学する方がおられるならそれはそれで責任ある意思決定として尊重されるべきです。そういった教育機関も含め、所定の条件を満たせば大学院を設置し修士あるいは博士の学位を授与することも現行の法制化で認められています。そのような機関における学位授与の基準は、それぞれの教育理念にもとづいて決定されることでしょう。

しかし、そういった趣旨の機関を国有地におき、多額の国費を投じて支援することが国の政策として妥当であるかは別問題です。恐らく、男女を問わず多くの有権者・納税者の理解を得ることは難しいと思われます。

「国立の女子大学」が憲法14条の男女平等規定にそぐうものであるか否かの議論( http://oshiete1.goo.ne.jp/qa1095848.html )は法律の専門家に委ねたいと思いますが、現にそういう機関が存在しそこに多額の国費を投入している間は、その管理運営を任されている者は与えられたリソースを最大限に活用して社会に還元する方途を探る責任があります。そして、もしそういう機関が存在することに社会的意義があるとすれば、それは「高度専門職業人あるいは研究者として最高レベルの女性を育成する」ことであり、本学はこの理念にもとづいてこれまで運営されてきました。その結果、現に数多くの優秀な職業人や研究者を輩出しています。

一方、「国立女子大不要論」の論拠としてよく持ち出されるのが、共学大学における女子学生の増加です。現に東京大学の女子学生数は既にお茶の水女子大学や奈良女子大学の学生数を上回っています。「それなら、女性研究者や女性職業人の育成は共学大学に任せればいい。」という論を最近よく耳にするようになりました。

これに対し存続論側は、
「共学大学の運営やリソース配分は多数を占める男子学生に最適化されており、結果的に女性に不利となっている。社会の主導的立場にたつ女性を育成するためには、女性の特性に配慮した教育環境が有効である。」
と反論しています。

「優れた女性研究者や女性職業人を育成する(プロダクト)ためには、女子大環境(プロセス)が適している」というのは一つの仮説です。この仮説を支持する何よりも強い証拠となるのが、「女子大が共学大学と同等レベル以上の優れた人材を多数輩出している」という実績であることは言うまでもありません。国立の女子大学を設置存続していることは、この仮説を検証するための「実証実験」プロジェクトであるという捉え方が可能であり、そこに奉職する教職員はこのプロジェクトの遂行にあたっているともいえるわけです。

そうであれば、国立の女子大学の学位認定、ことにその頂点をなす博士論文の審査にあたっては、「最高レベルの共学大学」の同専攻より甘い基準で通過させることがあってはならないことになります。もし女子大であることを理由にこの基準を下げるようなことがあれば「もともと女性は男性に比べて研究者としての資質に劣る」ことを自ら認めることになり、上記の仮説を検証する意義が消え失せてしまいます。これは国立女子大の存在意義を自ら否定するものです。さらに、そのような決めつけ自体が女性蔑視以外の何者でもありません。

また、もし低レベルの研究に対して学位を授与するようなことがあれば大学の学位の権威を失墜させ、これまでに既に優れた研究を成し遂げて学位を取得された諸先輩までも「その程度の大学を出たその程度の博士」とみなされかねません。「レベルの低い研究を学位認定するために高レベルの研究の評価を貶める」ことは、研究機関としてあってはならないことです。望んで本学に入学なさった方は、諸先輩の営々たる努力の末に築き上げられた学位の権威に相応するスタンダードで評価を受けることを覚悟する必要があります。そういった基準が「厳しすぎる」と感じられる方は、ご自分が適正と考えられる基準で学位を認定する機関を探して進まれるのが本道でしょう。

ここまでは学位論文という「プロダクト」の審査基準について論じましたが、そこに至るプロセスについては性による差違に配慮し有効な措置をとるのが、上記の仮説検証の為に必要です。なかでも、女性には「妊娠」「出産」「授乳」という、男性にはなしえないライフサイクルのステップが存在する(存在しうる)わけですから、そういった要因に配慮しないことは結果的に、女性がアカデミックな世界にアクセスすることを不利にすることになりかねません。

また、現行の日本の民法下では(それ自体が好ましいことかは別にして)実際問題として結婚に際し妻が夫の姓に改姓するケースが圧倒的多数です。さらに夫が家計収入の主たる稼ぎ手であり妻が家事や育児や老親の介護を主に担当するという役割分担をしている家庭が多いのも事実ですから、そういった事情を持つ方への配慮も望まれます。

したがって、必要に応じて旧姓の使用や休学・復学を容易にしたり構内に保育所を設けたりする支援策は女子大として当然とるべきものであったし、こういった取り組みへの努力は今後も継続すべきでしょう。(本稿筆者の個人的意見としては、こういった支援策は本来男女双方に等しく与えられるべきだと思いますが、敢えて優先順位をつけるなら上に述べたような政策的配慮にもとづき女子大を先行させることにまで反対はしません。)

以上をまとめると、国立の女子大学においては

  • プロダクト:博士論文審査基準は最高レベルの共学大学の同専攻と同等(以上)に
  • プロセス: 制度的サポートは学生(女性)の特性・事情に配慮して

というのが本来あるべき姿だと考えています。

最後に、「博士」の「士」は「武士」の「士」と同じであることを付け加えておきます。

ただし、ここに述べたのはあくまで私個人の意見であり、所属機関を代表するものではありません。




リンク元


Wiki内リンク元
お名前:
コメント


上の画像に表示されている文字を入力してください


トラックバック
[TrackBack URL]