北米留学上級技術マニュアル - Teaching assistantの生活と技術
目次
1987〜1991年の間イリノイ大学で日本語のteaching assistat (TA)をした経験と、その後大学教官としてteaching assistantを指導監督した経験から、楽に、効率よく仕事をこなすノウハウを御紹介したい。筆者は語学のTA以外はやったことがないので、以下の記述はその限られた経験にもとづくバイアスがかかっていることを念頭においた上でお読みいただきたい。
また、教授法の詳細についてはそれぞれの分野の専門文献を御参照いただきたい。ここではそのような高尚な専門書には書かれていない話を中心に進める。
授業の心得↑
告知事項をメモしておく↑
重要な告知事項(宿題のしめきりの変更など)を言い忘れるとその後の授業計画が全部狂ってしまうこともある。何を告知するか、授業がはじめる前に整理してメモしておいた方が安心できる。もしOHPがつかえるなら、告知事項を全部そこに書き出しておくのが一番安全である。
配布物整理法↑
外国語のクラスではしょっちゅう小テストをやったり宿題を出したりするので、返却・配布物がかなりの量になる。時によっては一度に3つも4つもの返却物が重なることがあり、一々手渡していたのでは授業時間に大幅にくいこんでしまう。かといってたとえば20人の学生に対する返却物を授業の前に一人一人まとめて整理していると、これがまたとてつもなく手間と時間がかかる。
こういう時、アコーディオンのように伸縮する蛇腹式の書類フォルダーかばん(expanding file)を購入し、それぞれの学生に一つのフォルダー(仕切り)をわりあてて配布物を全部その中に入れておくと整理がぐっと楽になり時間が節約できる。授業を休んだ学生がいても、当日渡す予定だった配布物をその学生のフォルダーに入れておけば次回その学生が出席した時に確実に本人の手にわたる。
筆者はさらに授業時間を節約するため、教室についたらフォルダーかばんを教卓の上にぽんとおき、授業開始前に学生に自分で中味を取らせていた。ただしこれだと他の学生のテストをこっそり横取りすることも不可能ではないので、もし心配なら一人一人手渡すようになさるとよろしかろう。
できればこういう備品は大学に買ってほしいものだが、もしお金を出してくれないなら身銭を切っても引き合うと思う。値段は10ドル前後でさして高いものではないし、それを使えば毎学期何時間もの時間が節約できる。極端にいえば、節約できた時間に図書館でアルバイトをしたってそのぐらいの投資はすぐに取り戻せる。税金の申告の際は、当然「経費」として控除が要求できる。さらに、一度手に入れておけば将来何年にもわたって使うことができるものだから、投資価値は充分あるといえよう。
教材・教具を持ち歩くには↑
教室には出席簿・ペン・教材・教具・教鞭(ポインター)・配布物・マーカー/チョーク・予定表(学生が「あとでオフィスに行きたい」と言ってきた時に必要)などをもっていかねばならず、場合によってはかなりの嵩になる。普段使っている鞄に入りきらないのなら、別途に入れ物を用意するのも一案だろう。筆者の同僚のTAは、コピー紙の空箱のふたを利用したり、専用の手提げ鞄を買ったり、それぞれ工夫していたようである。こうやってTA業務専用の入れ物を準備しておくと忘れ物を防げるのもありがたい。
また、授業の時に必要な配付物をとりだせるようにするには、ポケットつきのルーズリーフノートを使うのが便利である。下半分だけポケットがついているものが、とりだしやすくていい。
ポインターはアメリカにはない↑
伸縮式の教鞭(ポインター)というのが、北米では中々手に入らない。渡航先でも教えてみたい、と思っておられる方は、一本買ってもっていかれるのも悪くなかろう。学会や研究会での発表の時にも使えるから、無駄にはならない。
時間が余った時にやることを考えておく↑
授業時間が余ったら前回の授業の復習をしたり、学習したばかりの事項を使ったゲームをやらせたり、歌を教えたり、学生から授業に関するフィードバックを求めたり、時間の有効な利用のしかたはいくらでもある。フラッシュカードを使った漢字の復習なら、たとえ30秒の余り時間でもできる。こういう「ひきだし」をたくさんもっていると、予想外の展開になった場合にも慌てなくて済む。初級の外国語などの訓練性の高い科目では、特にこれが大事である。
一方、経済学や政治学など体系だった知識を教える科目なら、一まとまりしたらたまには早目に授業を切り上げても悪くなかろう。
学生への対応↑
予定の確認↑
教える立場になってみると、次から次からやってくる学生との面会予約を全部おぼえているのが結構大変である。予定表に書いておけばいいのだが、たまたま手許にもっていなかったり転記を忘れたりすることもある。そこで筆者が励行しているのが、後で学生に確認を入れさせる方法。約束の日の前日に学生に電話か電子メールで予約を確認させる(確認の連絡がなければ、予約はキャンセルとみなす)ようにしておくと、うっかり予約を忘れて面目を失わなくて済む。
成績だじゃれ↑
日本語も含め初級外国語の授業でC以下の成績、特にD(ぎりぎり合格)をとるような学生は、実質的にはほとんど授業内容を理解できていない場合が多い。そういう学生でも一応合格点を出してしまうと進級することを禁止することはできない、さりとて不合格にしてしまうのも可哀想と、成績を出す側はジレンマに陥ることになる。
こんな時に備え、A、B、C、D、Fそれぞれに採点者がどのような思いを込めているか冗談まじりで学生に伝えるため、次のようなフレーズを考えてみた(初級日本語履修者を想定している)。ご参考までに紹介しておく。
- 合格
- A: Advance to the next level with confidence!
- B: Better luck next time!
- C: Carefully think before you register!
- D: Don't take Japanese lightly!
(どういうわけか、Eという成績はない。)
- 不合格
- F: Find your suitable academic path!
もし気にいってもらえたようなら、期末試験直前の最後の授業でこれらをそれとなく受講生に紹介しておかれてはいかがであろうか。
なおA〜Fに加え、プロジェクト主体で成績をつける科目の場合は課題提出が間に合わない学生のため学籍簿に I (Incomplete)という表示を一時的に載せることがある。それに対しては次のフレーズはいかがであろうか。
- 判定保留
- I: I am looking forward to seeing your masterpiece soon!
障害者がクラスに入ってきたら↑
アメリカは障害者を社会の一員として受け入れるという思想が徹底しているので、大学にも健常者と並んで障害者がどんどん入学してくる。こどものころからそういう社会になじんでいれば自然に対応のしかたも身につくのだろうが、社会背景が異なる外国人教師にとってはとまどうことも少なくない。
そういう場合は、遠慮なく大学の担当部署に連絡して知恵を借りよう。向こうは専門家なので、かなり突っ込んだ質問にも答えてくれる。プライバシーに関わることをあまり詳しく詮索するわけにはいかないが、障害の背景について知りたいと真摯な態度で頼めば、ある程度の説明もしてもらえる。たとえば障害が進行性なのか(学期中にさらに悪化する可能性があるのか)は気になるところだろう。
筆者の場合、イリノイでの大学院生時代にTAとして担当していたクラスに肢体不自由の学生を、専任教員として就職してからは学習障害の学生を受け持ったことがある。いずれの場合も適正に対処するための基礎的知識に不安を感じたので、担当者に連絡をとり障害の背景や対応の心得などいろいろ教えてもらった。肢体不自由の学生について相談にいった時は手をつかわなくてもPCが操作できるインターフェースの試作品も実際にみせてもらい、認知科学に関わる者のはしくれとしてはおおいに勉強になった。
なお身体障害者がクラスにいる場合は、火事や地震などの災害にあたってどうやって安全に脱出させるか、手筈を考えておいた方がよい。誘導も含めて、クラスの担当者がいやおうなく責任を負うことになるからである。こういうことについても、遠慮なく専門家に相談してよいと思う。
ただし、必要以上に相手に同情してしまって何でもかんでも甘くなってしまうのもフェアとはみなされないようである。特に学習障害のように外見からは健常者と区別がつかない障害の場合、どこまで特例を認めてもいいのか素人には判断が難しい。筆者の場合、「こういう問題が生じているが、特例を認めるべきだろうか」と専門家に相談してアドバイスをしてもらったおかげで、自信をもってクラス運営に臨めたことがあった。
推薦状の書き方↑
外国語のTA (Teaching Assistant)は、学生から推薦状を頼まれることが結構ある。留学を希望する学生は「外国語力に関する推薦状」を提出することを要求されるが、その学生の語学力を一番よく知っているのは、常時小クラスで学生を観察する機会があるTAなのである。昔自分も推薦状を書いてもらったおかげで留学できたのだから、ここは億劫がらずにしっかり書いてあげたい。
とはいえ、推薦状を書くのは結構手間のかかるものである。少しでも手間を省くために、学校名や称号などは学生にタイプさせてから持ってこさせるとよい。(ただで書いてあげるのだから、学生もそのぐらいの準備はするべきである。)また、このマニュアルの以下の章で御紹介した推薦状準備の技法は、自分が書く側に回った時も役立つと思う。
応募書類準備の実際 ー推薦状
なお、学生が複数のTAに推薦状を頼んだとして、その内容があまりにばらばらでは信憑性が落ちてしまう。機会があれば、TA同士でどんなことを書くか打ち合わせて、極端な食い違いが出ないようにしてあげるのが親切だろう。(別に口裏をあわせろと言っているわけではないが、書き方によっては同じ学生の同じ行動でも随分違う印象を与えることになるので、誤解されないような書き方を工夫したほうがいいわけである。そうやって情報交換をしているうちに、自分の気のつかなかった学生の意外な面を指摘されて参考になることもある。)また、「推薦状を頼む時は最低でも締めきりの2週間前にはもってこい」とか学期の最初に学生の前で言っておくのも後でトラブルを防ぐために重要である。逆に「明後日までにお願いします」というような無理なことを言って来る学生がいたら断るのもやむをえない。
また、せっかく書いた推薦状はきちんとコピーかファイルを残しておこう。次の学生の推薦状を書く時、以前の資料が参考になることがあるからである。こうやって経験を積むと、次第に楽に推薦状が書けるようになってくる。「ピカイチの学生」、「がんばっているが、いまいち成績が伸びない学生」、「大して勉強しないのに何となくいい成績をとってしまう学生」など、パターンによって手紙を書き分けるこつがわかってくるからである。
なお、その学生のことをあまりよく知らないとか、出来が悪すぎてとても推薦できない、とかいう場合にはそのことを相手に知らせた方が親切である。
"I cannot write a long letter."
というか、あるいは「〜先生の方があなたのことをよく知っているんじゃない?」とやんわりサインを送るとかするとよい。あまりにもひどい推薦状を書いたことが相手にばれると最悪の場合訴訟沙汰になりかねないことは、一応頭に入れておこう。
効率をあげる↑
書類準備の時間を節約↑
TAというのは推薦状の他にもいろんな書類を書かされるもので、その時間が結構ばかにならない。たとえば、授業評価(teaching evaluation)用紙の申し込み書。「この先生はちゃんと教えているか」を各種の項目にわたり学生が評価するもので、大抵の大学ではマークシート方式を採用している。既にできあいの用紙をそのまま配ればいいなら手間がかからないが、大学によっては親切にも「どんな質問を学生にしたいか」先生に選ばせてくれるところがある。この質問を選んで申し込み用紙に記入するというのが結構な手間である。せっかくなら毎学期同じ質問をした方が比較ができて参考になるので、最初の学期に提出した申し込み用紙はコピーをとって残しておこう。次の学期からはそれをそのまま転記すればいいのだから、仕事が大幅に楽になる。(もちろん、あまり参考にならない質問項目は外して入れ替えていけばいいのである。)
分業しよう↑
不思議なことに、多くの大学では同じ学年を教えている外国語のTAが一人一人独自に授業を準備し、別々の補助教材を使って別々のやり方で教えている。期末テストまで各TAがそれぞれ別々に作っている大学もあるというから驚きである。みんなで協力して作業を分担すれば手間が省けるし、受講生からみても授業内容に統一性があった方が安心できる。こういうことは誰かが言い出さないとはじまらないので、思いきって提案してみられるといいと思う。
中には「これは私が作った教材ですから他の人には使わせません。」とがんばる人もいる。(そんなところで独占してみたって得にならないのだが。)どうしても仲間に入りたくないという人は無理強いせず、やりたい人同士で協力すればよかろう。
もっとも、自分が開発した教材に対する権利を主張したいという気持ち自体は理解できる。むしろ、職業人の健全なプライドとすらいえよう。したがって、自分の考案した教材には欄外にでも「(c)〜」(copyright = 著作権)マークを入れておくことをお勧めする。ワープロ打ちするなら、はじめからヘッダーかフッターにそのマークを入れておけば手間が省ける。
教案・教材・ノウハウの蓄積↑
また、せっかく開発した教材は翌年も使えるよう、整理してファイリングしておきたい。面倒なようだが、わずかの手間をかけて資料を整理しておくことで、翌年は大変な時間の節約になる。
ただし、今年作った教材を来年もそのまま使うというのでは芸がない。一度やってみて問題点に気付いたら、それをメモしておいて翌年改善するとよい。こうやってわずかずつでも手をくわえていると、何年かするうちに見違えるようないいカリキュラムが開発できる。こういう「反省会」も一人でやってもいいが、仲間と合同でやると自分一人では気がつかなかった点が見えてきて非常に勉強になるものである。
こういうフィードバック情報はきちんと記録しておきたいが、専用のジャーナルを作るのは億劫だし、後で見直す機会もあまりないかもしれない。そこで手っ取り早い方法としては、授業前に作ったレッスンプランにうまくいかなかったところを書き込むことである。翌年同じところを教える時、前年の資料をざっと見直すだけでどんな問題があったか一目瞭然である。(次回どう改善したらいいかも思いついたらすぐに書いておこうーー後で書こうと思っていると忘れてしまう。)教科書の誤植なども、気がついたらすぐに書き込むべし。教科書には専用のボールペンかシャーペンを常時挟み込んでおくのもよい。
大版のポストイットに書き込んで該当するページに張り付けておくというのも手。これなら、あとでまとめてコピーするなど柔軟な使い方が可能になる。
教材・教案をモジュール化しておく↑
筆者は、1991年に就職して以来1997年までの7年間、毎年違う教科書で初級の日本語を教えさせられるという非常にしんどい思いをしたことがある。そのたびに毎年一から教案や補助教材を作っていたため研究が大幅に遅れてしまった(初級の外国語、特に日本語のように市販教材の整備が遅れている言語の場合、初級の教科書を変更すると教案を一から全部つくりなおすことになる)。
しかし、今から考えるともっとうまいやり方があったように思う。それは、補助教材や教案をモジュール化して整理しておくことである。たとえば、Aという教科書で教えてもBという教科書で教えても、「受け身」という文型を教える時にする説明や学生にやらせる練習には共通の部分がある。そこで、自分なりの説明や練習のさせ方を整理しておき、その大学のカリキュラムにあわせて微調整しながら使えば、全く一から作るのにくらべて大幅な労力の節約になる。実は最近になってようやくそういうモジュール化した教材を整理しているのであるが、もっと早くからやっておけばよかったと後悔している。
なお、筆者はとりあえずそういうモジュール教材の多くをHTML文書として保存しているが、PDFにしたい方や好みのワープロソフトで作りたい方など、個人の好みがあって当然である。HTML文書にする利点はそのまま自分のホームページにおいて学生に参照させられることだが(練習問題の回答も入れておくことができる)、印刷した時のページの切れ目が指定できないという欠点はどうしようもない。
教育技術を磨く↑
教科書は商売道具↑
担当講師には使用教科書を貸し出してくれる大学が多いが、もし将来この道で飯を食うつもりなら、身銭を出して教科書を買うだけの価値はあるように思う。私物なら遠慮なく書き込みができる。そうやって隅から隅まで内容をマスターしておくのは、将来「教育のプロ」として身をたてる時に必ず役にたつ。
もっとも、あんまり評判が悪くて他では全く使っていないようなひどい教科書にしがみついているような学校で教える羽目になった場合は、わざわざそんな本を買うのはもったいない。あまりに使いにくいので自作の教材で教えるというのならなおさらである。こういう時は貸し出し教科書で済ませるのが経済的だろう。
先生の芸↑
日本語教師の条件は、「歌えて字が上手で絵がかけて」だと言った人がいる。このうち字の上手下手は言うまでもないとして、学生に歌を教える(クラスがだれてきた時など、こういう盛り上げ方もある)のに音楽の素養があると便利なことは確かである。特にギターのように簡単に伴奏に使える楽器が便利である。(最近ならラップトップコンピューターも楽器として使えるかもしれない。)
「絵がかけて」も結構役にたつ。最近ではできあいの絵教具も発達してきたが、それでも学生の質問に答えるために略画を板書したり、ハンドアウトの余白に自作の絵を入れたりできると便利なことが多々ある。といっても、別にプロの漫画家を目指すわけではないから、あまり凝る必要はない。とりあえず筆者が参考にしているのは次の本である。
『ユーモアえかき教室』東陽出版
時間配分の予想練習↑
次の授業で何をするか計画をたてる際、「この活動に何分かかるか」それぞれ予想をたてておこう。教え始めて間もないころは、15分で済むと思った活動に30分以上かかって時間切れになったり、逆に20分かかると思ったのに10分で済んでしまって間がもたなくなったり、という失敗をするものだが、慣れてくるとかなり正確に時間の見通しがたつようになる。(あらかじめ予測をたてた上で授業に臨むから実際とのずれがつかめ、正確な予測ができるようになっていくのである。それをしないでただ漫然と教えていても、そういう能力はなかなかつかない。)
時計は、アナログを↑
こういう時間の長さを感覚的につかむためには、やはりデジタルよりも針のついたアナログ時計の方が便利である。(逆に目覚まし時計には、デジタルの方が分単位で正確に時間指定できるので便利なように思う。)
自分の授業を見る↑
ビデオ機器が簡単に使える当今、時には自分の授業をビデオにとり後で眺めるのも悪くなかろう。指導の反省が目的なら、カメラを教室の一番後において教室全体をワイドでとらえるようにすると学生の動きと自分の挙動が同時につかめて便利である。
- 板書は読みやすいか、
- 板書を体でさえぎっていないか、
- 学生全員に均等に目をやっているか、
など、「注意しているつもり」で実はおろそかになっていることが、ビデオを見ると一目瞭然である。
もっとも、よほどの達人かナルシストでないかぎり自分の授業をながめるのはイヤなものである。かくいう筆者も、自分の授業のビデオを見るたびに「ガマの油」の講釈さながら、冷や汗がたらたら出てしまう。50分まるまる見るのがつらい時は、まんなかの5分でも10分でも見て反省材料にするといいと思う。
授業を見学する↑
授業の腕をあげる方法にはなかなか特効薬がないが、とりあえず色々な人の授業を見ることは必ずプラスになると思う。達人の授業を目のあたりにして「まいった!」と打ちのめされる思いをするのはいい発奮材料になるし、逆に「こりゃぁまずいよ〜」と言いたくなるような授業でも、自分ならどうするかを考えてみることで、アイデアがどんどん広がるものである。
とにかく、時間に余裕があればTA仲間の授業を見学させてもらうといいだろう。他人の授業を見学すると逆に自分の授業を見学したいと言われた時に断われなくなるが、それなら見学者にアクティビティーの手伝いをさせるなど、大いに利用すればいいのである。(ただし、手伝ってもらう旨はあらかじめ相手に伝えておくのが礼儀である。)
学会などで他所の大学に出かけた時も、時間に余裕があれば授業を見学させてもらうよう頼んでさしつかえないと思う。ただし、他大学の授業を見学させてもらうと、先方も外交辞令だか何だか知らないが「いかがでしたか。」と聞いてくることが多い。こういう時にソツなく答える方が結構タイヘンなものである。こういう時は逆に、「あそこはどういう狙いでしたか」などと相手に質問をするという手もある。
カリキュラムの整備度を見抜く質問↑
カリキュラムの善し悪しを判断する上では学生の評価や標準テスト(proficiency test)の成績なども参考にはなるが、そもそも統一性のとれないばらばらのカリキュラムでは、こういう外部基準に照らして評価してみてもどの部分に起因する成果(あるいは惨禍)なのかすらわからない。統一性と一貫性のあるカリキュラムが重要な由縁である。
さて、
- 「お宅の学科の教育方針は?」
と尋ねると、建て前上は立派な教育方針や哲学を聞かせてくれる人がよくいる。しかし、それを突き詰めて実行しているかどうかは別問題である。そこをとことん真剣に考え抜いて地道なカリキュラム作りを進めているかどうか知りたければ、まずは
- 「1年生、2年生、3年生、それぞれの到達目標をどのように設定しておられますか。」
と尋ねてみるとよい。例えば外国語のクラスで「教科書の第〜課まで終えるのが1年生の目標」とか、「漢字の数が〜個」とかいうレベルの答えか、あるいは「コミュニケーション能力を築く」みたいな曖昧模糊とした回答しか返ってこないようなら、御大層な看板を掲げていてもそこのカリキュラムは大したことがないと思っていい。(こういう学年間の調整というのは緻密な思考と根気のいる面倒な作業なので、大抵の大学ではその手間を惜しんでしまっているのである。)
「今はそういう目標が確立していませんが、作りたいと思っています。」という答えなら、
- 「具体的にそのためにどのような作業を進めていますか。」
- 「いつ作業を始める計画ですか。」
- 「何年後にまとまったものができあがる予定ですか。」
などと聞いてみたいが、ここまで相手を追い詰めて怒らせてしまっては仕方がないので、匙加減が肝要である。(表向きは「やらないといけない」と言っていながら、何年間もほったらかしにしておいて平気な人が結構いる。)
逆に、「1年生の一学期では簡単な挨拶の手紙が書けること、自己紹介ができること」、「3年生終了時点で簡単な新聞の社会面記事の要旨がつかめること、その内容を口頭で説明できること」など具体的でしかも長期間学習を続ける上での中間目標として適切な到達目標が掲げられているなら、
- 「どういう基準でそういう目標を選定・配列したのですか」
と尋ねてみよう。一番ダメな答えは、「今使っている教科書がそういう配列になっているから。」とか「昔からそうなっているから。」とか「教育漢字だから。」とかいうもの。教科書や外部基準に使われてしまってはどうしようもない。
逆にここで大所高所にたったプログラム全体の理念を説明してくれ、そこから筋道だてて学年・学期ごとの個別達成目標が演繹される(justification)ならば、有望である。(教育理念というものは具体的な状況下で判断の指針になるから有益なのであって、その役に立たないようなお題目など何の意味もない。)さらにつっこんで、
- 「その目標を達成するために、どのような指導を行なっておられますか。」(implementation)
- 「目標の達成度をどうやって測定していますか。」(feedback)
- 「現状では、全ての目標が達成できていますか」(evaluation)
- 「到達目標が達成できなかった場合や、逆に目標が低すぎると思われた場合、どういう措置をとられますか。」(adjustment)
等とたたみかけてさらに実のある答えが返ってくるようなら、話を聞かせてもらった甲斐があったといえるだろう。せっかく御立派な理念があっても最後のadjustmentをきちんとしないと、現実離れした高過ぎる目標に学生も先生もひきづりまわされるという結果になりかねない。
実は、上に述べた手は就職面接の時にも使える。自分と教育方針がまるっきり違う大学で教えるのは、非常に疲れるものである。(教育を真剣に考えている人ほどこの傾向が強い。)その種の不安を払拭するためには、こういうやり方で相手の言うキレイゴトの裏にある実態と本音を見抜くことをお勧めしたい。逆に読者が就職なさった暁には、これらの質問にたちどころに答えられるようなしっかりしたカリキュラムを築いていただきたいことはもちろんである。
教育方針が相容れないとどういうことになるか↑
たとえば1年、2年と全くコミュニケーションを無視した教授法をくぐり抜けてきた学生に対して3年生になってからいきなり「さあ話せ」といってもついてきてくれない。逆に体系だった知識の整理を全くしないままで上っ面だけなんとなく会話らしきものをさせて事足れりとするようなカリキュラムで2年も教わった学生は悪い癖がしみついていて、いまさら正確な表現を教えようとしてもなかなか受け付けないことがある。バランスのとれた外国語教育を実践しようという意気込みで赴任した新任教官の方が周囲から異端視されたが、実はその原因は従来のカリキュラムの方にあった、というのも実際にある話である。
TA生活の現実↑
オフィスがもらえる有難さ↑
TA (Teaching Assistant)をしていれば大学の教員のはしくれだから、自分のオフィス(たいてい相部屋)と机がもらえる。そこで自分の勉強をしたって一向に差し支えない。自宅や図書館では落ち着かないとおっしゃる方は、TAオフィスで勉強なさるのも一案だろう。
ポスターを手に入れる↑
オフィスが殺風景なら、ポスターを貼ったらどうだろうか。日本の風景や文物のポスターならJapan National Tourist Organizationや日本の航空会社に頼めばただでもらえる。(こういう場合、個人用だというよりは「〜大学で教えているが、学生がよく出入りする部屋に飾りたい」と説明した方が快く送ってくれる。)オフィスに質問にやってきた学生も、本と机が雑然と並んでいるだけの部屋よりは多少とも心が和む装飾のあるオフィスの方が緊張がほぐれるものである。
Language Table↑
大学によっては、外国語を学ぶ学生が教員とともに夕食を食べる機会を週一回ぐらい設けるべく、学生食堂の一角のテーブルをリザーブしてくれることがある。こういう場合、教員の食費は大学側が負担してくれることも珍しくない。もし貴方の勤務している大学にこういう制度があるなら、一食分の食費を節約するチャンスでもある。コース主任の先生が参加を渋る場合でも、「TAだけで仕切りますからやらせてください」と提案してみてはいかがであろうか。
もっとも、寮の食事は概しておいしくないうえ、外国人の下手な日本語に合わせながら食事をするのも結構疲れることは確かである。
TAは「マクドナルトの店員と同じ」?↑
筆者の同僚だった某TAが成績優秀な日本語クラスの受講生と雑談している最中、その学生に「TAの仕事なんてマクドナルトの店員と同じようなもんですからね〜。」と言われて激怒したことがあったのだそうである。アメリカで「マクドナルドの店員」というと「誰にでもできる、専門性の低い、不安定で低賃金の仕事」というイメージがある。(こういう時に「マクドナルドの店員」を引き合いに出すこと自体が本家の「マクドナルドの店員」に対して失礼かもしれないが、ここではその問題には触れない。)
そう言った学生は工学専攻だったのだが、察するところ「優秀な大学院生は教授からresearch assistantのお声がかかり、給料をもらいながら教授と共著が稼げる。教授に相手にしてもらえない大学院生が、しかたなくTAをやっている。」と思っていたのだろう。確かに将来工学部で教えたければTAとしての教育経験は大して足しにならず、それよりは一本でも多く論文を発表しておくのが就職に直結するのだろう。
外国語教師を志望している大学院生の場合は話がかなり違って、教育経験の有無はしばしば就職にあたり重要な選考基準になる。また外国語教育そのものを専攻しているなら、平素外国語教育の現場に身をおいていることが研究のアイデアを生む上でも役立つことは大いにありうる。したがって件の学生の発言はまさに失言なのであるが、しかし、周囲にそういう目もあるということは一応頭に入れておいた方がいいかもしれない。
中でも、外国人が自分の母語を教えるのは「誰でもできる」と思われるのか、軽く見られやすい。実際には語学教師はきちんとした訓練の必要な専門職のはずなのであるが、それが社会の常識になっていないというのも事実である。
TA村の恐怖↑
日本語のTA (Teaching Assistant)などをやっていると、ついつい「日本人村」を形成してしまいがちである。一番悪いのは年中"PTA"に入りびたりになってしまうことである。
PTA = Party of Teaching Assistants
もちろん日本人TAの中に研究者として教育者として尊敬できる優秀な人がいれば、そういう人と親しくしていい点を吸収するのは大いに結構である。だが、どこへ行ってもそういう優秀な人ばかりいるとは限らない。むしろ、研究も勉強もしない、教育も手抜きというタイプのTAが、持て余した暇をつぶしたいのか、ゴシップを広めたり他人の足をひっぱったりすることに生き甲斐を見い出しているように見えることすらある。ご本人はいっぱしTA村の村長(あるいは番長?)を気取っているのであろうか。とにかく、そういう手合いには関わり合いにならないのが一番である。もしTAオフィスで長時間を過ごしているためにTA同士の低次元の人間関係に否応なく巻き込まれてしまうのなら、思いきって自分の勉強や授業準備は他の場所でやるようにするか、他人がいなくなった夜にオフィスを使うか、とにかく何か対策を考えられた方がよろしかろう。
もし読者がTAとして働きはじめた時に既に職場の雰囲気が妙な具合なら、一人の力でそれを正常化するのは概して非常に難しい。しかし逆に、これまでうまくいっていた職場に引っ掻き回し屋のTAが入ってきておかしくなりかけているなら、なるべく早い時点でその懸念を本人に伝えて行動を改めてもらった方がよかろう。(こういう場合概して、待てば待つほど事態は悪くなる一方である。「そのうち自分で気がついて態度を改める」などということはまず起こらない。)ただ単に非常識なだけで顰蹙をかうような行動を気づかずにとっている場合には、一言やんわり言うだけで収まることがある。しかし、それでも確信犯的に同じような行動をくりかえすなら、ボスの先生に報告するのもやむをえない。こういう場合、一人で話をしにいくと単なる悪口ととられかねないので、同じ意見をもつ仲間と一緒に話しに行った方が説得力があろう。
最悪の場合、問題を起こしている人物をharrassmentで告発するのもいたしかたない。(大学の中には、そういった問題を処理する部局がある。)ただし、ここまでやる場合は事前に徹底した準備が必要である。相手の発言内容と場所、日時を記録しておくことはもちろん、証人になってもらえる人もあらかじめ探しておかねばならない。同じ職場の中で「確かにハラスメントがありました。」と証言する人と逆に「そんなことはありません。」と証言する人がいると、当局も強い処置がとりにくい。
むろん件の発言の録音があれば強力な証拠になりうるが、相手の承諾を得ないで行なった録音テープに証拠能力があるかどうかは争点になりうるので、むしろ隠し撮りなどせず録音機を相手に見える場所にでんとおいて、「あなたの発言は目に余るので、今後録音することにします。これは裁判の証拠になりますから、これ以降不用意な発言は慎んでください。」と通告した方が得策である。(普通の神経をした人間なら、それだけで多少は態度が改まるものである。もっとも、今度は貴方の悪口をあちこちで言いふらすかもしれないが。そういった場合に備えて、こういう意思表示はTA全員の総意であることを強調した方がよいのである。)
なおこういう場合、ICレコーダーなどデジタル録音よりはアナログなテープレコーダーの方が証拠能力が高い。(デジタルファイルは編集により前後の文脈が改竄されている可能性を伴うからである。)とはいえ、相手にプレッシャーをかけるのが主目的ならICレコーダーでも充分武器になりうる。
とはいっても、筆者は合法的な「いじめ」を奨励しているわけではもちろんない。周囲に危害を与えないかぎり、それぞれのTAが自分のペースで仕事をする自由が尊重されるべきである。多少「ソリがあわない」という程度でこういう措置を濫用するべきではない。上に述べたのはあくまで目にあまる場合のやむをえざる自衛措置としてのみ正当化されうることを御理解いただきたい。(逆に必要もないのにそういう騒ぎを起こす人がいて、そちらの方が迷惑になることもよくある。)
仕事に逃げ込んではいけない↑
「日常管理と危機管理」の「仕事に逃げ込むなかれ」を参照。
TA経験と就職↑
ポートフォリオを準備する↑
いざ卒業が近づいて就職を探す時期になると、それまで自分がやってきたことをまとめて書類にする必要が出てくる。研究の成果として生まれた論文や学会発表は簡単に履歴書に書くことができるが、TAの経験も単に「〜年生を教えた」と書くだけでなく、そこでやったカリキュラム開発や運営経験をうまく表現することを考えたいものである。
こういう教授経験をまとめた書類一式をteaching portfolioといって、大学教官の昇進審査の時によく提出されるが、就職探しの時に準備しても早すぎるということはない。少なくとも学生からのteaching evaluationの要約、担当した仕事(教材開発、中間テスト問題の考案など)、開発した教材一式などは整理して手許に残し、求めに応じていつでも提出できるようにしておきたい。
教えることを研究のネタにする↑
外国語教育などを専攻していればTAとしての仕事と専門との結びつきは明白だが、自然科学系でも「物理学教育」や「数学教育」で論文を書いている教授がいる。もっともresearch universityでテニュアをとりたいと思っている若手研究者にとってそれが当面賢明な戦略かどうかはわからないが、「将来この分野を研究のネタにするかもしれない」と思っていれば、あれこれおもしろいトピックに気づくものである。とりあえず、忘れないようにメモしておくといいと思う。たとえ自分ではそういう研究をしないとしても、パーティーの席などで当該分野の研究者に会った時そういうネタを紹介してあげれば格好の話の種にもなる。
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