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北米留学上級技術マニュアル - 日常管理と危機管理


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勉学

文献情報整理術

 大学院の上級コースだと、一学期に何十本も論文を読まされてあたりまえである。それにくわえてterm paper の為に読む論文まで加えると、2年もたたないうちにどれがどれだかわからなくなってくる。読んだ論文を自分のpaperの中で引用したいと思っても、どの雑誌や本に載っていたかわからないのでは、正式なcitationとして認められない。

 そんな苦労を後でしないために、はじめから文献情報をしっかり整理しておくことをお勧めする。昔なら文献カードをこまめに作ったところだが、今ではコンピューター管理が常識であろう。筆者は近年マック用の文献データベース・ソフト、EndNote(Niles社)を愛用している。不充分ながら日本語入力が可能な上、Microsoft Wordのファイルの中に直接情報挿入が可能であるなど、便利この上ない。EndNoteと類似の機能を持ったソフト(Procite)も出回っているが、こちらは日本語処理ができないそうである。ウインドウズユーザーで和文文献も整理したいなら、むしろGetarefが便利だろう。いずれもデモ版が無料でダウンロードできる。学生のための割引価格あり。Refなどフリーウエアもあるが、有料ソフトほどの高機能は期待できない。

本のコピーは書名・発行年まで

 文献を自著に引用する際には必ず収録雑誌/書籍名や発行年を書かなければならない。多くの雑誌では各掲載論文の最初のページにこういう情報がまとめて記載されている。しかし本の一部をコピーした場合はそういうわけにはいかないので、面倒でも関連情報を記録してしておく必要がある。最初のページに手書きで書き込んでもよいが、面倒なら表紙と奥付(洋書の場合は中表紙の裏あたりにあるのだが)をコピーしておいてもよかろう。タイプライターが手近にあるなら、ささっと打ち出すのが手っ取り早いかもしれない。とにかく、書籍の場合は編著者名・出版社・所在地・出版年だけはないと書誌情報がそろわないので、これだけは確認しておかれたい。

大学院生は「勉強のプロ」

 学部生と大学院生をわかつ最大の違いは、後者が「勉強のプロ」であることを要求される、ということだと思う。これは必ずしも、大学院生が専攻分野の専門家として一人立ちしているという意味ではない。大学院から新しい分野に移行する人もいるから、そういう人は、最初はその分野の素人である。しかしそんな場合でも、

  • どうやって学業を達成するために必要な情報を集めたらいいのか、
  • 大学の施設をどう有効に活用するか、
  • どうやってテストにそなえるか、
  • どうやって自分の時間を管理するか、

そして、

  • 不得手な科目をどうやってダメージ少なく乗り切るか、

というようなことは大学院生として当然知っていることが期待される。もし知らなければ、答えを探すべく自ら努力するのが当然である。(他人にアドバイスを乞う、いうのもその「努力」のひとつである。とにかく、だれかから指図されるのを待つのでなく自分から動かないといけない。)「手取り足とり指図してもらわないでも勉強についてこられる」という前提があるからこそ、大学院では学部課程よりずっと早いペースで授業が進むわけである。

 逆に教授の側から見ると、そういう「同業者」またはそのヒヨコ(タマゴではないぞ!)である大学院生があんまりピントのずれたことばかり言ったりしたりすると、心底がっかりさせられることになる。

優秀な学生だと思わせる方法

 北米は自己宣伝の国。自分を売り込む技術も大切である。これも、要領さえつかめれば、結構簡単にできるものである。授業では、

  • 気のきいた質問/問題提起をする
  • おもしろい話題を提供する(たとえば、授業の最初に、近々開かれる学会や講演会の案内を流したりする)

などで、注目を集めることができる。あらゆるトピックに関して的確なコメントをするにはかなりの実力が必要であるから、自分にとって特に興味のある分野は特に集中的に予習をしていってそこで力を見せるのが必勝法だろう。

 なお、教官も人の子だから、「こいつは優秀な学生だ」という先入観があれば、ことばが多少しどろもどろでも内容をじっくり聞いてくれたり、助け船を出してくれたりするものである。授業中、即座にうまく自分の意見をまとめて発言するのに難儀しているようなら、一度教官のオフィスを訪ねて、じっくり話をしていいところを見せておくと、授業中も何かにつけて発言の機会をくれるようになるかもしれない。

 逆に、「物音をたてながら教室に遅れて入って来てのそっとすわり、大きなスポーツバッグを狭い通路にどーんと投げ出して通行の邪魔をし、何をぐずぐずしているのか二分たっても机の上に教科書とノートのしかるべきページが開かれていない」というタイプの学生にはもはや教える気力がなくなってしまう。前回の授業で渡したハンドアウトを探してかばんの中をいつまでもごそごそやっている学生もお相手したくない。こういうことぐらいは、心掛け一つで誰でもテキパキできるものである。最低限、

  • 頻繁に使う物は鞄の上の方に入れてすぐに取りだせるようにしておく、
  • 鞄は通路におかず、自分の座席の下におく、
  • ファイリングのやり方をきちんと決め、
  • 分厚いバインダーは仕切り紙を使って内容を整理しておく、
  • 授業でもらった資料の類はその日のうちにパンチ穴をあけてバインダーに綴じ込むか(パンチ穴をあける器具は設備投資だと思って自室に備えておこう)、
  • その科目専用の書類ケース(透明のものが便利)にきちんと整理して入れて授業の時に即座に取りだせるようにしておく、
  • もらった資料にはすぐに日付けなどを書き込んで後で整理がしやすいようにしておく、
  • 必要があればその場でホッチキス止めする、
  • 教科書とノートの該当ページに栞かポストイットをはさみこんで即座に開けるようにしておく、
  • 余計な音をたてる鈴などは身につけない、
  • 教室に入る前に携帯電話のスイッチを切っておく、
  • 授業中、重要な日付け(宿題のしめきりなど)が発表されたら直ちに予定表に書き込む、
  • ちゃんと聞き取れたかどうか心配なら、授業が終わった後周囲にいる優秀なネイティブの学生に確認する、

というぐらいのことは小学生でもできる。逆にこういう点をきちんとこなし整然とノートをとっている学生は教官としても信頼でき、時には「前回の授業はどこまで進んだ?」と逆に尋ねたりすることもある。(そういう学生が優れた研究成果をあげるとは限らないが、それは別の話。少なくとも初級の外国語などきちんきちんと勉強しないと点数がとれない科目は、こういう基本態度ができていない学生が真っ先におちこぼれていく。)

「危ない!」と思ったら

 長丁場の留学生活の間には、どう頑張っても「このままでは今学期は保ちそうにない。」と思うことがあるものである。(大学院では平均成績が"B"以下、学部課程でも"C"以下になると、"probation"つまり保護監察扱いになり、早急にGPAを上げないと退学の危機が迫ってくるから、成績維持にも気を配らねばならない。 )そんな時には、早めにadviserに相談した方がいい。具体的に打てる手としては、まず、

  • 登録コースをいくつか取り消して負担を楽にする

ことが考えられる。もちろん取り消しをするには決まった期日があるが、重病や重大な精神的ストレス(ご家庭のご不幸など)等によってやむなく、というならその期日を越えても取り消しを認めてくれる場合もある。そういう特例申請の手続きも、チェック・ポイントの一つである。また、

  • Letter grade option (A,B,Cなどの成績が記録に残る)をCredit / Non-credit option(合格/不合格のみ記録される)に切り替える

という手もある。これだと、DやF相当のひどい成績さえとらなければ、学籍簿にはCreditと記録されるだけで、いわばメンツが保てるしGPAも落とさずに済むわけである。この手は、気分転換のために体育のコースを取る時などにも使える。(←この手が利かない大学/科目もあるから、学則をていねいに読むことが肝要。)筆者は1987年にミネソタ大学の夏期講座で心理言語学を受講した際、ミネソタ大学(クウォーター制)の夏期講座の最後の週にイリノイ大学(セメスター制)の秋学期が始まってしまうため期末試験を受けることができず、やむなくCredit / Non-credit optionで登録した上「C」相当の得点を中間テストで確保してからミネソタを離れた。担当教授には中間テストのすぐ後で「こういう事情なので期末テストが受けられないんですが、C相当の成績が既に取れているか教えてください」と念を押しておいた。"For me, C is as good as A."と付け足したのは、相手を困らせたくないという配慮のつもりであった。

 学生ビザでアメリカに入国している学生は所定以上の単位数を毎学期開始時に登録してfull-time studentの立場を維持しないといけない規定になっているが、学期途中でコースを取り消してこの所定単位数以下になってしまっても、お咎めなしという大学が結構ある。このあたりは、外国人学生事務局とも相談しておかれたい。

 病気などのやむをえない事情で期末試験が受けられなかった場合、

  • 追試験

を認める大学があるが、その運用は教官によってまちまちのようである。Term paperも、

  • 担当教官に頼んで締切を延期してもらう

という手がある。学期中に所定の課題が終わらず、成績決定を延期することを"Incomplete"と言うが、大学院では珍しいことではない。翌学期まわしになったterm paperには、決まった提出期限がある。それを過ぎても提出しないでほっておくと自動的に"F"がついてしまう大学もあるから、気をつけないといけない。(なお、University of Hawaii はこの点鷹揚で、長きにわたって提出されなかったincomplete paperに対しては最終的に"I"という記載が学籍簿に残るが(これを現地の日本人学生の間では「永遠のI(愛)」とよぶ)、これはGPAには影響しないような制度になっていた。)また、教官によってはIncompleteを原則的に認めない人もいるので、交渉術も必要になってくる。

 とにかく、こういう非常事態になったときにあわてなくてもすむように、入学したらすぐに履修規定を熟読して、どんな逃げ道があるか徹底的に研究しておくことをお勧めしたい。履修規定やシラバスはいざという時に我が身を守るための「武器」だというつもりでその使用法に精通しておくべきである。各種手続きの締切日は、カレンダーに赤印をつけておくべきであろう。もちろん、こういう「奥の手」を使わないですめば、それにこしたことはないが。

単位をとらずに大学に居座る

 筆者が卒業したイリノイ大学では、「ゼロユニット」という科目登録のしかたが認められていた。文字どおり、単位をもらわずに授業を履修するのである。たとえばテスト統計学の上級セミナーはまともに受講すれば4単位の科目だが、これを「自分はこの科目を履修して成績(A〜FまたはPass/Failure)を出してもらうが単位はもらわない」旨履修届けに記載するわけである。

 なぜこんな制度があるかというと、大学に収める授業料(tuition)や手続き料(fee)がその学期に取得する単位数によって異なるからである。すでに卒業に必要な所定単位をとりおわった学生は通常、「論文指導」という科目をゼロユニットで履修することにより授業料をほとんど払わずに引き続き大学にいることができるわけである。外国人学生もこの方法で大学に在籍し、学生ビザを保持することができる。しかもその間、図書館などの設備は通常どおり使えるわけだからありがたい限りである。

 とくに、授業料減免などの特典をもらっていない学生にとっては、まともにいけば一学期何千ドルも徴収されるところをわずかな手続き料(fee)だけですむのだから有難い制度である。このやりかたを他の科目にも援用すれば、単位をもらわずにいろいろな科目が履修できるわけである。「最後の学期ぐらいはアシスタントをやらずに研究に専念したいが授業料が免除されなくなるのは痛い」という方も、この制度を活用することで授業料免除に近い状態になる。

 他の大学でも類似の制度がある場合があるから、ぜひ調べてみられるとよかろう。(どの科目でも「ゼロユニット」登録が許されるわけでは必ずしもないから、そのあたりも調べておく必要がある。)

「卒業を引き延ばす方法」も調べておく

 入学した当初は誰しも一刻も早く勉学を終えて卒業したいので頭がいっぱいだが、逆にどうやったらなるべく長い間学生の身分を保って合法的に滞在が続けられるかも調べておくにこしたことはない。たとえばあなたが無事博士論文の口頭試問を終え晴れてDr. 〜と名乗れる身になったものの仕事がみつからず、もう一年間学生ビザで滞在しながら就職活動を継続したいとする。その時、あわてて論文の最終稿を大学に提出してしまうと自動的に卒業者リストに載せられてしまい、否応なく学生の資格を失ってしまうという大学が多い。こうなると新たなビザを取得するか永住権を得ないかぎり早晩出国を迫られることになってしまう。

 逆に言えば最終稿を提出せずにねばれば学生としての身分が確保できるわけだが、科目を履修しないで学生ビザを保持できるのか、Research assistantやTeaching assistantなどの大学の仕事をすることができるのか、口頭試問通過から最終稿提出までの期限は決まっているのか、などもしらべておくと臨機応変に柔軟な留学計画がたてられる。(ひょっとしたら、口頭試問を終えた後さらに科目を履修することも可能かもしれないが、もしこれをやったらまさに異例中の異例ということになろう。)もちろんそんな手を使わずに済めばそれにこしたことはないが、そこまで徹底して調べ「どんな事態にも対応する準備ができている」という自信が気持ちの余裕につながる。

 なお、筆者が修士課程時代を過ごしたハワイ大学では、所要単位の履修や修士研究論文の提出などの必要条件を全て満たしていても「学期終了後に卒業します」という意思を明示的に表明する申請書をあらかじめ提出しておかないと卒業生リストに載らない制度になっていた。これは便利なような反面、受付の係員もこの仕組みがよくわかっていない場合があり、時折窓口でのトラブルのもとになっていたようである。

「卒業年度」はいつ?

 日本の大学なら「何年に卒業しましたか」という質問に対する答えは一通りしかないが、北米の大学院制度だとこれは解釈のしかたによっていろいろな答えが可能である。博士課程の学生なら少なくとも

  • 学位論文の口頭試問に通過した時(この時点で、「〜博士」が名乗れる)
  • 学位論文の最終稿を提出した時(これで学生は卒業要件を全て満たしたことになる)
  • 博士号授与に関する全ての書類事務を大学当局が終えた時(成績証明書にはこの日付が載る)
  • 卒業式のあった時

の四通りの解釈が可能である。筆者も口頭試問は1992年の初夏で最終稿提出は同年初秋だが成績証明書に記載されている学位授与日付は中秋の10月15日、そして卒業式(欠席した)は1993年夏なので、卒業年度を尋ねられると時々どう答えたらいいのかわからなくなることがある。(たいていは「1992年」で通しているが。)

短時間の作業を猛スピードでこなすには

 ずばり、作業を小さい単位に区切り砂時計と競争しながらしあげようとすると、集中力が一気に高まる。
 デジタルタイマーでも同じことができるはずだが、こと時間管理に関する限り、時間を抽象的な「数字」ではなく物の「量」に置き換えて表示する砂時計のレトロなアナログ感が筆者の好みである。(もっとも、たとえば10分用の砂時計だとどうしても5〜10秒程度の計測誤差が出てしまうらしいので、それが許せない方は再考されたい。)
 ただしそのペースで一日中仕事をしようとすると短距離走のペースでマラソンを走ろうとするようなもので、常人ならたちまち疲労困憊してしまう。かといって、3分や5分では知的な活動の区切りとしては短すぎる。経験的にいって、15分ぐらいが適当な区切りになるように感じる。
一応、日本アマゾンで「砂時計」と検索してヒットした商品の中から計時時間が一番長かった(10分)ものを紹介しておくが、砂時計は衝撃に弱いので、現地で購入した方が安全だろう。



SATO 砂時計 10分計 1734-10
出版社/メーカー:ホーム&キッチン
佐藤計量器製作所
メディア:佐藤計量器製作所
Wiki



SELETTI SITIME 砂時計10分 SLT08502 SLT08502 7910414
出版社/メーカー:ホーム&キッチン
SELETTI (セレッティ)
メディア:SELETTI (セレッティ)
Wiki

グーグルなどで「砂時計 〜分 円」とキーワードを入れて検索すると15分、30分、さらには60分など長時間砂時計も出回っている(ただし結構高い)。プログラミングの腕に覚えのある方なら、PC画面上にバーチャルな砂時計を表示できるデスクトップアクセサリーを開発していただけると重宝するのだが、どなたか挑戦してはいただけまいか?フリーウエアにする代わりに企業広告を表示できるようにするなど、ビジネスモデルもいろいろ考えられるだろう。15分間全力投球で作業をした後、画面に温泉旅行や生ビールの広告がポッと現れると、訴求力がぐっと高まるような気がする。

日本の学界の動きを知るには

 将来日本で就職したいと思っておられる方はもちろんだが、もし海外で永住するつもりでも、日本の学界の研究動向を知っておくことは何かと参考になる。インターネットが発達したおかげで、研究会の日取りや発表者などの情報はメーリングリストあるいはウェブサイトで公開されるようになったが、実際にどんな研究がなされているのかなどの詳細は、インターネットだけでは充分つかめない。学会のたびに日本に戻っているわけにはいかないし、日本からいくつも雑誌を取り寄せるのはこれまた大変である。ましてや電話帳のように分厚い学会予稿集をいちいち取り寄せていたら、送料だけで相当な出費になってしまう。

 もし一つの学会の動きさえつかんでいれば事足りるというのであれば、迷わずその学会に加入して学会誌(や予稿集)を送ってもらうのがよかろう。一方、興味の方向が多くの分野にまたがっていて全部の学会にはつきあいきれないとか、学会刊行物の質や編集方針がイマイチ、というのであれば、自分の興味のある分野の周辺を広くカバーするレビュー誌がないか探してみるといい。筆者も最近『心理学評論』を購読しはじめたが、言語心理学の他、比較文化心理学、社会心理学、記憶心理学など幅広い分野にわたって質の高いレビュー論文が掲載され、各分野でどんな動きがあるのかをざっとつかむためには非常に便利である。自分の専門とあまり関係がないと思っていた分野で実は参考になるような動きがあることがわかり、感心したこともある。特に自分の専門外の分野の英語論文は速読みできないので、日本語でレビューが読めるのは助かる。日本人の著者が書いたレビューは欧文文献と和文文献の両方をカバーしてくれているのも有難い。もっと早く購読をはじめればよかったと後悔しているぐらいである。

生活

留学生4時間睡眠説の真偽

 筆者が日本で留学準備をしていた1980年代前半には、「留学生4時間睡眠説」がまことしやかに雑誌などで流されていた。「毎日5時間以上寝ていたら、予習が不充分で成績不良になり、留学を続けられなくなる。」というわけである。

 筆者の知る限り、これはかなり誇張された話である。学期末のterm paperの締切直前や重要な持ち返りテストの真っ最中なら稀に徹夜に近い状態になることもあったが、一年中そんな短時間睡眠ではほとんどの人間が体をこわしてしまう。筆者自身も、周りの友人も少なくとも一日平均6〜7時間ぐらいは寝ていたようである。基本的には、留学は「普通の人間」が地道に努力すればできることである。

 とはいえ、24時間一本勝負の持ち返りテストなどがあると、その晩は一睡もせず答案を仕上げることに専念する学生がほとんどであることも事実である。(こういう試験は、博士論文研究のプロポーザル作成に移る直前の、最後の関門としておこなわれることが多い。続けて落ちるとそのうちに大学にいられなくなるから、受ける方も必死になるわけである。)受ける方も気合いが入って緊張しているのでそう簡単には眠くならないと思うが、運悪く睡魔に襲われた時の眠気覚ましとしては、コーヒーの他、Mountain Viewというカフェインたっぷりの清涼飲料が特に効果があるそうである。

メリハリのある生活を

 生活にめりはりをつけるためには決まった時間に決まったことをするという習慣を維持することも必要のように思う。長期の休み中や、必要単位を取り終わって一人で学位論文で取り組んでいる時は、ついつい生活のリズムが乱れがちである。乱れていても結果として勉学が進めば問題はないのだが、実際にはえてして些末なことにずるずると時間を費やしてしまい、トータルでは時間の無駄という場合がよくある。

 これを避けるためには、決まった時間に食事をし、決まった時間に体育館に行って汗を流し…という要素を生活のどこかにとりいれた方がよかろう。余分に授業を聴講したり、あらかじめ予定を決めてアドバイザーや研究仲間と会うようにしておくのも、そういうリズムを作る上で有効な方法の一つである。大した稼ぎにはならないのを承知で、生活にリズムをつけるために軽いアルバイトを続けている人もいる。

早起きの習慣をつけるには

 遅寝遅起きの悪習から抜けだせないで困っているという方は、学会に出たりツアー旅行に参加したりして早起きせざるをえない環境に数日間身をおくといいと思う。特に効果覿面なのが、泊まり掛けのキャンプツアーである。朝の五時とか六時とかいう時間にガイドがテントまで来てたたきおこしてくれ、一日動き回って疲れた後でたっぷり食べ一杯呑んでてそのまま熟睡するから、早寝早起きが身につくこと間違いない。(もっとも、空腹のあまり夜はついつい食べ過ぎて体重が増えてしまうものだが、その分は後で減量するとしよう。)

シャワーの功罪(?)

 夕方まで大学で必死に勉強したらかなり疲れる。夕食を食べる前に一度部屋にもどってシャワーを浴び英気を取り戻そうと思うのも自然である。しかし中には、シャワーを浴びて自室のソファーに腰を沈めるともう何もする気力がなくなってしまい、一時間ぐらいはぼーっとしてしまうという人もある。こういう人は、あえて部屋にもどらず食事が終わったらすぐに図書館やオフィスに向かってそこで勉強した方がはかどるかもしれない。こういうことは個人差が激しいので「勝利の方程式」などはないが、要は自分の体質・気質を知ってそれにあわせたスケジュールを考えるということである。

 もちろん、自室で「ぼ〜っとする」時間が一日で一番大切だという方もおられるし、それはそれでかまわない。たとえばクラシック音楽を聞くのが何よりの趣味だというなら、意図的にそういう時間をつくり出して心ゆくまで音楽を楽しむのも一つの時間管理術だろう。

夏時間にご注意

 夏時間に切り替わると時計が一時間先に進むので、知らずにいると授業に遅れたり食堂の食事時間を逃したりしかねない。逆に夏時間から冬時間に切り替わる時も、時間を有効に使うためにはきちんと時計を元に戻す必要がある。いまどきネット経由でも切り替えの日ぐらいは簡単に調べられるから、カレンダーにマークをつけておくなど先手を打っておこう。

仕事に逃げ込むなかれ

 必要単位を取り終って学位論文にとりかかる段階となると、無人の一本道をただ一人でひた走るような生活が延々と続く。時には走り疲れてしまうのも無理はない。そんな時は思いきって何日間か休んでしまい、ビデオゲームに興じたり、小旅行に出たり、朝から晩までテニス三昧の生活をするのも悪くはない。無理をして机にしがみついているより、そうやって気晴しした後の方が能率があがることがよくある。「今は気分転換」と自覚していれば、一年も二年も遊び続ける人はほとんどいないだろう。効果的な気分転換法も広義の研究技術の一つとすら言えよう。

 むしろ危ないのは、仕事に逃げ込んでしまうことである。既に就職している人はもちろんだが、たとえ論文を仕上げるために母校に残っていても、TAの仕事などでずるずると時間をつぶしてしまい、結局論文執筆が遅れ遅れになってしまうことがよくある。まずいことには、「仕事をしている」という大義名分があるため本人は何やら有意義に時間を使っているつもりになってしまい、それを打ち切って論文に戻るきっかけがつかめないのである。かくいう筆者も博士論文のデータを集めた後は暫くこういう状態に陥ってしまい(あるいは自分にそう言い聞かせ)、先輩の"Be selfish!"という言葉で目が醒めたという記憶がある。(今にして振り返れば、こみいった実験結果を解釈するべく自分の知力のぎりぎりのところで格闘を続けるよりは、TAのルーチン=ワークで時間をつぶしている方がラクだったのである。)

 なまじ仕事熱心で学生のことが気になるまじめな人ほどこういう状態に陥りやすいので、余計に注意が必要だ。とはいっても、学生や同僚など周囲に露骨に迷惑をかけてまで自分の研究だけを優先しろ、などと申し上げているわけでは毛頭ない。そういう輩が将来大学に就職すると、学生を犠牲にしてしゃにむに昇進だけを目指す、鼻持ちならないイヤな奴になること必定である。学者として名声を上げても、人間的に堕落したのでは何にもならない。上で紹介した"Be selfish!"ということばも、あくまで言葉の綾である。

 結局、自分の職責に照らして周囲に迷惑をかけないよう「ここまで」という仕事の達成目標を設定し、それを達成したらサッと打ち切って自分の研究にとりかかるように自分を習慣づけるべきだろう。TAの仕事などは手をかけようと思えばいくらでもかけられるので、余計にこういう踏ん切りが必要になる。「それでも私は教えるのが大好き、教育者こそ私の天職」とおっしゃる方は、卒業したあと、あるいはテニュアを取った後には24時間教育に当てられることを楽しみにして学位論文の完成を急ぐべきだろう。

 そういうふんぎりが性格的につけにくい、という方は、あらかじめ平日のうち「TAの仕事をしない日」(あるいは、「オフィスに行かない日」、「一日図書館で過ごす日」など)を週に1〜2日程度決めておき、勉強に専念するとよかろう。フルタイムの大学教授の中にはこうやって研究時間を確保している人が数多くいるが、学生にも使える時間管理のテクニックである。

履歴書は頻繁に書き直す

 履歴書(curriculum vita)を早めに準備し、その後少なくとも一学期に一度は書き直そう。その学期に行った学会発表や身につけた技能、もらった奨学金などを書き加えていくのである。

 こういう更新作業はつい億劫になりがちだから、履歴書のファイルをPCのデスクトップにおいて瞬時に更新できるような体制を整えておこう。そうしておけば書くネタができるたびに更新するのも苦でなくなる。ある程度自信が持てる水準(内容)に達したら、PDF化してホームページ上においてもよいと思う。(実際、そうしている専門家も何人かいる。)それも面倒という方は、とりあえず経歴や業績をWikiに記録しておくだけでも、後で履歴書を作るのがずっと楽になる。

 1〜2ページの簡略な履歴書をresume、もっと長く詳細なものをcurriculum vita(C.V.)というが、大学院教育を受けている人ともなれば自分を専門家として売り込まなければならないから、遠慮せずにcurriculum vitaを準備すべきである。どうしても短いものが必要になれば、あとで簡略版を作ればよい。

 フォーマットも色々試してみて、一番効果的に自分の実力をアピールできる方法を探ろう。書き上がったらadviserや就職カウンセラーに見せて、内容、形式両面にわたって意見を仰ぐとよい。こうすることで、自分のセールスポイントと弱点が客観的に把握でき、今後卒業までにどんな研鑽や経験を積めば就職に有利かを判断する材料にもなる。「履歴書なんか卒業が近づいてから準備すればいい」とのんびり構えていてはタイミングを逃してしまう。先輩の履歴書を見る機会があれば、じっくり研究して効果的な書き方を学ばれたい。

 本屋に行くと、"How to Write a Resume"みたいな本がならんでいる。手にとってみると参考になるが、その手の本はacademic というよりはprofessionalな分野向けのものだから、研究職を探す人には、そのまま当てはまらない部分もある。

つきあい

「御挨拶」といわれても…

 筆者がイリノイ大学の博士課程で勉強していた1980年代の後半、たまたま米国で在外研修中の、旧師匠筋の先生に久しぶりにお目にかかったことがある。おそらく筆者の先行きの身の振り方を心配してくださったのであろう、日本の大学の関連分野の教授の住所をとりだして「挨拶しておきなさい、葉書一枚でいいから。」と言われた。御心配いただいてご好意は有難いのだが、これといって用もないのに見ず知らずの人にいきなり「はじめまして」も変だ、と頭をかかえてしまった。

 考えあぐねたあげく、筆者が受講した関連コースのシラバスと文献リストを添えてその教授宛に「〜先生のご紹介でおたよりします。〜を御研究とうかがっております。こんな資料がありますので、ご参考まで。」と手紙を出したら、後日「参考になりました」と礼状が届いて恐縮してしまった。ともあれ、これが外交辞令や皮肉でないとすれば、「三方一両得」でまるく収まったことになる。(後日そのツテで就職したわけではありません。念のため。)

 …というような昔話、ご参考になりましたでしょうか?もっとも今ならやりとりは電子メールがあたりまえだし、米国では担当コースのシラバスをウェブサイトに掲載している先生も多いから、もう一ひねりする必要があろう。



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