北米留学上級技術マニュアル - 英語を話す工夫
目次
- 会話手帳の選び方
- ここでつまずく英語スピーキング
- 伸びを自覚するとき
- 失敗日誌
- 英語を使う機会を求める
- 英語ディベートで朝食を
- 会話パートナー
- 発音矯正
- 会議利用術
- アルコール雄弁術
- 緘黙の博士
- 研究発表は「読む」より「話す」
- デジタルカメラ利用の会話術
会話手帳の選び方↑
留学に出られるような方なら日本人としてはかなりの英語の使い手だろうから、市販の英会話手帳なんて馬鹿になさっておられるかも知れない。しかし、長期の海外生活経験のない者にとってはこれは使いようで結構役に立つものである。散髪屋・郵便局・クリーニング屋・税関などで用を足すにはそれぞれ特有の言い回しや特殊語彙があり、ぴったりの言い方を知らないと全く話が通じないこともよくある。それを日本にいる間に全部覚えてしまおうとするのは効率が悪いし、その必要もない。むしろ、そういう表現をまとめた本を現地に持参し、必要に応じて参照するのが能率のいい勉強法というものだろう。
そういう用途なら、あまり長いモデル会話が延々と載っているような本より、必要な表現が項目別にうまく整理してあって辞書をひくようにさっと探し出せるポケット版の本の方が役にたつ。日本にいる間に訳文だけでもいいからざっと目を通し、どこに何が書いてあるかぐらいはつかんでおくといざという時に心強い。筆者は
- マリオ=ペイ原著、雨宮剛・斎藤宏著『旅と生活の英語』研究社、1976年初刷
を持参したが、この本のおかげで助かったことが再々ある。
なお、持病のある方は病歴や服用薬を英語で説明できるよう準備をしておかれたい。こういう英語の表現は、日本でかかりつけの医師や薬剤師に事情を話して教えてもらうとよかろう。
ここでつまずく英語スピーキング↑
文構成の発想の違い↑
海外生活をはじめる前は「練習を積んで和文英訳の作業をどんどん速いスピードでこなせるようになれば上手にしゃべれるようになる」と単純に考えていたのだが、そう簡単なものではないことがそのうちにわかってきた。
私たちが話す時のことを振り返ってみると、文を始める時に既に文全体の構造や文末の終わり方を決めているとは限らない。「話しながら同時進行で文を組み立てて行く」ということがよくある。これが躓きのもとである。
たとえば地震の頻度について話したい時、日本語なら「日本は/日本では地震が多い」というようにまず話題となる「日本」といってしまってから、それにどういう文法役割を与え文をどう組み立てるか決めることができる(おおまかにどういうことを話すかは決めていても、「日本は地震がよくある」「日本では地震が多い」「日本が地震の多い国であることはよく知られている」など、様々な言い方が可能である。)。一方英語では"In Japan"のように、"Japan"が文の中で文法的にどういう役割を担うのかをあらかじめある程度決めておかないと文を始めることができない。つまり、日本人が英語を話す時には日本語式の発話から英語式への切り換え(「再構造化」)が必要になるわけである。
ところが、この切り換えが結構難しい。日本語母語話者が英語で話す場合、つい日本語式に最初に"Japan"と言ってしまってから文が続かないことに気がつくことがある(筆者の場合はそうだった)。こういう場合、無理にあれこれ構文をひねり回して文を完成させようとするとどうにも収拾がとれなくなりますますもってボロボロになることがよくある。むしろその発話を文として完成させることは潔くあきらめ、最初から言い直した方が傷が浅くて済む。やがて経験を重ねているうちに次第に発想の切り換えが行なわれ、英語流の文の組み立てが自然にできるようになってくるものである。(もちろん英語母語話者も完全に文を組み立ててから発話をはじめるわけではなく、「話しながら考える」こともよくあるはずなのだが、何らかの方法により上記のような問題をクリアしているようである。)
実は個別的な語彙や文法の知識技能以上にこういう根本的な文構成過程の発想の違いが、第二言語学習者にとって大きな壁となっているものである。「書く」作業なら時間をとって文を組み立てることができるのでこういう過程は比較的表に出にくいが、時間の制約の中でどんどん発話しながら同時並行で文を組み立てなければならない場面では、それが隠しようもなく露呈してしまう。実はここで紹介した現象は「機能主義言語学」といわれる学派の人達が第二言語習得を研究する際の中心的なテーマの一つなのである。
名詞修飾節↑
もう一つ英語を話しているときによく失敗したのが、名詞修飾節(関係代名詞)の使い過ぎである。日本語だと「昨日見た映画」というような名詞修飾節はカジュアルな会話でもしょっちゅう出てきて、特に硬い言い方だとは思われない。ところが英語では関係代名詞がやたらに多いと堅苦しいと思われ、会話では避ける傾向がある。したがって英語を話すときには関係代名詞は必要不可欠な場合のみに抑えた方が聞き手にとってわかりやすいし、話す方も複雑な文を組み立てる必要がないので楽である。
同じような傾向はライティングにも存在する。必要以上に名詞修飾節を使わないようにした方が読みやすい論文がしあがるものである。
伸びを自覚するとき↑
渡航した当初はことばに詰まってしまうことが多く、後で振り返って「何であんな簡単なことが言えなかったんだろう?」と悔しい思いを重ねることと思う。
ところが、そんな経験を重ねるうちにときおり、自分の口からとっさに出てきた表現に「何でこんなにうまく言えたのだろう?」と逆に驚く思いをすることがある。そのうち、そのレベルの表現はあたりまえのように使えるようになり、別段驚くこともなくなる。こういうサイクルを重ねるうちに、コミュニケーション能力は身についてくるものである。
失敗日誌↑
言語習得や認知学習を研究なさっている方は、こういうプラス/マイナス両面の「びっくり体験」をその都度メモしておかれると、将来貴重な研究資料になろうかと思う。鈴木 裕史さんの「Los Angeles 留学日記」に収録されている「今日はこれが英語で言えなかった!」というコンテンツなど、御参考になろう。
http://www.suzukinet.com/others/english/english.shtml
たとえ言い間違いや聞き間違いをして恥をかいても「これで研究のネタが増えた」と考えればめげずに次の一歩を踏み出す勇気が湧いてくる。
英語を使う機会を求める↑
筆者の経験からいって、渡米して最初の4〜5年ぐらいは確実に英語力が伸びていったが、それ以降は特にスピーキング能力が停滞期に入ってしまったように思う。その理由を振り返ってみると、教官や事務方と交渉したりTAとして授業をしたりといったコミュニケーションが曲がりなりにもこなせるようになってしまったため、それ以上高度な英語能力を必要とする場面に遭遇しなかったことが一因かと思う。
ところが、その後職探しをはじめる時期になるとそれまで経験したことのない就職面接という新しいコミュニケーション場面に対処する必要に迫られ、そこで失敗を重ねる中で再び少しずつだがそういう場面で必要とされるようなスピーキング能力が伸び始めたように感じている。
要するに、現地経験も長ければそれだけでいいというものではないのである。「半年前あるいは1年前とくらべて英語力があまり伸びていないな」と感じたら、限界ぎりぎりの難しいコミュニケーション場面に自分から飛び込むことでさらなる成長を遂げることができるだろう。(当然ながらこれは結構苦しいことでもあるのだが。)
逆にいうと、「このごろ英語で困ることがなくなったな」と安心できるようなら、伸びる機会を失っていると心配した方がいいかもしれない。一方「あいかわらず英語は難しい」と悲観しているなら、伸びる機会が周囲に豊富にある証拠だとポジティブにとらえてはいかがであろうか。
英語ディベートで朝食を↑
学生寮に住んで食堂で食事をしていると、当然ながらまわりは英語の世界である。3食英語づけの環境なのだから、これを英語学習に利用しない手はない。
狭義の英語圏以外から来た学生とも積極的に話すようにしよう。パキスタンなまりの英語、コスタリカなまりの英語など、色々な英語になれるのも必要である。理工系へ行くと先生も外国人がかなり多いので、外国アクセントのある英語が聞き取れるかどうかはある意味では死活問題である。特に、インドをはじめとする南アジア系の英語は日本人にとっては非常に聞きづらい場合が多いが、インド人はソフトウエア専門家などにはた〜くさんいるものである。(因みに、中国系は伝統的に、electrical engineeringなどのハードウエア部門の研究者に多かった。かつてスーパーコンピューター専門メーカーとして一世を風靡したクレイ社の共同経営者をしていた天才エンジニアも中国人である。)
はじめは英語を話しながらだとことばに気をとられるあまり食事の味も満足にわからないが、3年もたつとアイスクリームをぺろぺろやりながらディベートができるようになるから不思議である。
会話パートナー↑
英会話の練習をしたいのなら、会話パートナーを見つけるという手もある。英語で話すだけだと相手にメリットがないので、日本語を勉強しているネイティブを見つけて定期的に会い、日本語と英語、一回交替で話をするわけである。(適当な相手さえいれば、英語以外の外国語を練習したい時にも同じ手が使える。)適当な人がまわりにいなければ、日本語科の先生に相談してみるとよかろう。日本語科の掲示板に「会話パートナー求む」の貼紙を出させてもらえるよう、頼んでみてもいいだろう。
会話パートナーの経験者が口を揃えて言うことだが、お互い飽きないような面白いトピックを次々に見つけるのが結構難しい。特に、相手の日本語能力がまだ初級段階で、高度な内容をこなせない場合はなおさらである。「学校」、「遊び」、「仕事」、「家族」など、毎回おおまかなトピックを決めてあっていたペアがいたが、うまい方法だと思う。また、一対一でなく二対二のつきあいにすると、たまたま一人が都合が悪くても予定をキャンセルしないですむ。その延長で、お互いを友人に紹介したりパーティーに同道したりして、人脈を広げていくことも可能である。一緒に映画を見て、それについて話をするなども可能だが、ここまでやると時間の投資もかなりのものになる。
最後に、どこで会うにしてもポケット版の英和辞典と和英辞典、それにメモ帳とペンは必ず持参されたい。文脈の中で学んだ単語は驚くほど身につくものである。相手から「その単語なに?」と聞かれた時も、億劫がらずに教えてあげたい。
なお、日本語教授法をしっかり勉強したことがなければ、日本語文法について質問されても答えない方が多くの場合相手のためである。アメリカ人が英文法をよく知らないのと同じで、平均的な日本人の日本語文法知識はかなり怪しげである。特に、日本語学習者が習う日本語文法の整理のしかたは日本の中学高校で教えている国文法とはかなり違うから、へたなことをいうとかえって混乱させることになりかねない。(それどころか、日本語教育の世界の中ですら、文法用語は教科書によって異なる。)文の意味をかいつまんで説明してあげるぐらいはいいが、体系的な説明はあくまで担当の日本語の先生に委ねるべきだろう。
発音矯正↑
Speech pathology学科のある大学なら、しばしばspeech clinicという発音矯正のセッションを開いている。Speech pathology自体はもともと言語障害者の治療専門家養成のための学問だが、その専攻学生が練習台として、外国人の発音をなおしてくれるわけである。結構人気があるので、なるべく早く申し込んだ方がいい。さらに徹底的にやりたいなら、speech pathologyの授業を受ければ理論まで含めて勉強できる。言語学や外国語教育学専攻の学生なら、趣味と実益を兼ねてのぞいてみるのも悪くなかろう。
なお、筆者も渡米直前に大阪アベノYMCAの発音矯正講座に出たことがあるが、今から考えるとこれは最悪のタイミングであった。それまでの自分の発音の誤りを音声学の専門家に指摘してもらったものの、それにかわる正しい発音を充分に身につける暇のないまま現地入りしてしまい毎日英語で用を足さねばならない生活に入ったため、発音に気を使っては文法を間違え、とにかく通じさせようとしては発音がおろそかになり、とアブハチとらずに終わってしまった。発音矯正のコースを取るなら、意識しないでもその発音が自然に出てくるところまでなるべく早い時期に充分に練習するのが必須だろう。
その際、最初はあまりコミュニケーションに気を使わなくてもすむような環境で練習した方が結局は早道のように感じる。外国語の発音矯正はタイピングの練習と同じで、初期段階では内容や文法をその都度考えたりしない方がかえって効果があがるようである。国弘正雄教授御推奨の、決まったテキストを何度も丁寧に音読するような一見「古くさい」練習方法も、こういう用途には捨てたものではない。(その際、ネイティブのお手本を聞きながら練習するのが望ましいことは言うまでもない。)
「そうは言っても、どんなテキストを音読したらいいのか見当がつかない。」とおっしゃる方には、ズバリ、留守番電話録音機に入れるメッセージを練習しておけば確実に役にたつ。
This is (自分の名前)'s residence. Unfortunately, I cannot come to the phone right now. If you leave your name and phone number, I will call you back as soon as I can.
あるいは
You have reached 012-345-6789. Please leave your message after the beep.
のように非常に短い文章の中にも英語の基本的な母音・子音はほぼ網羅されており、これを充分に練習しておけば他の場面への転移も容易になる。(逆に自分がメッセージを残す場合のせりふを練習するのもよかろう。)
もう一つ練習しておくと役に立ちそうなのが、次の項でご紹介するphonetic alphabetである。
もっとも、あまりにも流暢な発音をしたがために相手から「こいつの英語力は完璧だ」と思われてしまい、その後早口でまくしたてられて何のことかさっぱりわからなかった、なんて苦労をした人もいるそうである。そういう事態を防ぐためにわざと日本人っぽい発音をまじえるという超高等戦術もあるとか。「日本人っぽい発音=わかりにくい発音」では必ずしもない。たとえば国弘正雄教授の英語の発音は「わかりやすく、正確な、日本人らしい発音」の好例である。
発音矯正は子音から↑
音声学の研究によると、人間が子音を認識する過程はcategoricalなものである。つまり音波の物理的な特性は多少ずれていても、それが一定範囲内におさまっていれば聞く方は全く同じ音だと認識し、その間の差異を感じ取ることができない。ところが、母音の場合は認識が段階的で、「典型的な『あ』の音」、「『う』に近い『あ』の音」、「『お』に近い『あ』の音」などと微妙な色合いを含めた聞き取りが可能である。
裏を返せば外国語学習者としては、子音は物理的にある程度の「幅」の中に収まった音さえだせれば、ネイティブの耳にも完全にnative-likeな発音だと思わせることが可能なのである。ところが母音は、いくら練習しても微妙なずれをかぎつけられてしまう可能性が高い。したがって、所定の時間内に効率の高い発音矯正をめざすならば、単音レベルではまずは子音に努力を傾注するのがかしこい戦略といえる。
中津燎子さんが提唱している発音訓練法も、子音に重きをおくという点ではまさにこの原則に合致する。中津さんはもともと言語学の学問的なトレーニングを受けた人ではなく、その教授法は主として経験則にもとづくものだが、そうやって現場から生まれた効果のある学習法が学問的にも理にかなったものであるという好例だろう。
Phonetic Alphabet↑
Phonetic alphabetとはもともと、音質が悪い無線交信の際に正確に綴りを伝えられるようにそれぞれのアルファベット文字を単語であらわすべく開発された符牒で、広く普及しているものには軍隊式と警察式がある。たとえばUrbanaという地名の綴りを軍隊式で伝える時には、
- U as Uniform (警察式では、Union)
- R as Romeo (警察式では、Robert)
- B as Bravo (警察式では、Boy)
- A as Alpha (警察式では、Adam)
- N as November (警察式では、Nova)
- A as Alpha (警察式では、Adam)
というように使う。(ネイティブ同士といえども、条件が悪いとアルファベットの"B" と"P"と"V"を聞き誤ったりすることがあるのである。)覚えておくと、通信販売の申込を電話でする時などに利用できる。せっかくなら、自分の氏名ぐらいはすらすらと口をついて出てくるまで練習しておくとよかろう。
軍隊式の方が国際共通化が進んでいるので英語国ならどこへ行っても広く使えそうである。(国際民間航空条約でも、軍隊式を採用している。)とはいえ、「ミリタリーと名のつくものは絶対いや!」という方にまで無理強いはできない。警察式を使っても差し支えない。いずれにせよ、混乱を避けるためには両方式をごちゃまぜにしない方が無難であろう。また、長年使われている符牒は聞き間違いを防ぐように単語の選択が工夫されているので、自分で勝手に作り換えない方がいい。("B as Barry"、"L as Larry"、"M as Mary"などとやると、符牒を使う意味がなくなってしまう。)
Phonetic Alphabet
http://www.copzilla.com/articles/alphabet.html
より転載。
http://www.purchon.co.uk/radio/phonetic.html
にも関連資料あり。
一見して、警察式には人名が多用されていることがわかる。
| 文字 | 軍隊式 | 警察式 |
| A as... | Alpha | Adam |
| B as... | Bravo | Boy |
| C as... | Charlie | Charles |
| D as... | Delta | David |
| E as... | Echo | Edward |
| F as... | Foxtrot | Frank |
| G as... | Golf | George |
| H as... | Hotel | Henry |
| I as... | India | Ida |
| J as... | Juliet | John |
| K as... | Kilo | King |
| L as... | Lima | Lincoln |
| M as... | Mike | Mary |
| N as... | November | Nora |
| O as... | Oscar | Ocean |
| P as... | Papa | Paul |
| Q as... | Quebec | Queen |
| R as... | Romeo | Robert |
| S as... | Sierra | Sam |
| T as... | Tango | Tom |
| U as... | Uniform | Union |
| V as... | Victor | Victor |
| W as... | Whiskey | William |
| X as... | Xray | Xray |
| Y as... | Yankee | Young |
| Z as... | Zulu | Zebra |
和文通話表↑
ご参考までに、日本語でも同じような目的で「和文通話表」というものが作られている。
http://www.ne.jp/asahi/yuzo/hidaka/wabun.htm
より転載
郵政関係の単語が目立つのは、郵便局で電報の取り扱いをする際に使われたかららしい。
| 朝日の「あ」 | いろはの「い」 | 上野の「う」 | 英語の「え」 | 大阪の「お」 |
| 為替の「か」 | 切手の「き」 | クラブの「く」 | 景色の「け」 | 子供の「こ」 |
| 桜の「さ」 | 新聞の「し」 | すずめの「す」 | 世界の「せ」 | 算盤の「そ」 |
| たばこの「た」 | 千鳥の「ち」 | 鶴亀の「つ」 | 手紙の「て」 | 東京の「と」 |
| 名古屋の「な」 | 日本の「に」 | 沼津の「ぬ」 | ねずみの「ね」 | 野原の「の」 |
| 葉書の「は」 | 飛行機の「ひ」 | 富士山の「ふ」 | 平和の「へ」 | 保険の「ほ」 |
| マッチの「ま」 | 三笠の「み」 | 無線の「む」 | 明治の「め」 | もみじの「も」 |
| 大和の「や」 | 弓矢の「ゆ」 | 吉野の「よ」 | ||
| ラジオの「ら」 | 林檎の「り」 | 留守居の「る」 | 蓮華の「れ」 | ローマの「ろ」 |
| わらびの「わ」 | 井戸の「ヰ」 | かぎのある「ヱ」 | 尾張の「を」 | |
| おしまいの「ん」 |
本来の用途とは異なるが、手元に紙とペンがない時など、買物リストを連想方式で覚える時のカギとしても利用できる。たとえばニンジンとヤカンを買わなければならない時は「朝日に照り輝くニンジン」「イロハ文字が書いてあるヤカン」をイメージ化して覚えるというように。この方法を使うとかなり長い単語リストでも短時間で比較的簡単に覚えることができるので、余興のネタになろう。(ただし、肝心の勉強法としてはあまり役に立たないような気がする。)
会議利用術↑
何かの間違いでしょうもない会議につきあわされることになったら、その時間を有効に利用することを考えよう。ノートパソコンを持ち込むなどして内職に励むのも一案だが、後で会議の内容を報告しないといけないのならそういうわけにはいかない。
こんな時、もし会議の発言者の中でとりわけ上手な英語の言い回しを駆使する人物がいたら、その言い回しをせっせとメモしておくとスピーチの勉強になる。PCに直接打ち込めば、手製のスピーチ表現集がまたたく間にできてしまう。
アルコール雄弁術↑
1〜2杯ひっかけるとリラックスして、途端に外国語が流暢にしゃべれるようになる、という経験をなさった方は多いと思う。単なる気のせいではなく、これを裏付ける実験的な研究も出ているぐらいである。もともとテンションの高い、筆者を含めた旧日本人は、特にその傾向が強い。パーティーでいつも気後れして困っているなら、先にあおって軽く酔ってしまうのも作戦のうちかも知れない。(空腹時にアルコールを摂取すると回り過ぎるので、ある程度腹ごしらえしてからにしよう。)
しかし、うまくいかないもので、聞きとりの方はアルコールが入ると途端に落ちてしまう。ノイズの激しいパーティーなどでは、特にその傾向が強い。大事な講演の前には、ほどほどにするのが得策であろう。ところが困ったことには、講演の前に講師との懇親パーティーが開かれることが結構多いので、「話す」と「聞く」のどちらを優先するかという選択を迫られることになる。
緘黙の博士↑
ハーバード型のビジネス・スクール(ケーススタディの討議を重要視する)への企業派遣が日本人留学生の主流を占めていた時代の名残か、口角泡をとばす議論と「沈黙は死」という気風がアメリカの大学院教育のすべてであるかのごとき言説が日本で流布されたことがあった。しかし実際には、多くの学科では授業中ほとんど発言しなくても試験とterm paperで好結果を収めればおのずと最終成績もよくなる。さすがに大学院上級のセミナーになると黙ってばかりいては好成績は望めないが、1時間に1度ぐらい気の利いた質問や問題提起をすれば、優秀な学生とみなしてもらえる。そのぐらいは、予習をしっかりやって発言事項をあらかじめ考えておけば可能である。博士候補生となる論文計画の審査試験や学位授与の最後の関門の口頭試問は、教授の質問に口頭でしっかり答えないといけないが、これも事前にメンバーの先生と打ち合わせをして、どんな点が自分の学位論文の問題点か、解決すべき点は何か、についてアドバイスをもらっておけば、対策がたてられる。結局、さして会話能力が高くなくとも、他の部分で実力を見せればたいていの学部の博士号ぐらいはとれてしまうのである。
研究発表は「読む」より「話す」↑
学会で口頭発表することを"read a paper"という英語表現が今でも残っているぐらい で、英語圏でも昔は学会発表といえばあらかじめ準備した原稿を読み上げるものだったらしい。 しかし、今では草稿を自分のホームページに載せれば世界中からアクセスして読んで もらうことが可能だし、学会発表用の視聴覚器材も格段に進歩しているから、わざわ ざ学会会場まで出かけてただ単に原稿を音読してくるのではもったいない。なるべく 早く、学会では原稿の棒読みでなく聴衆に「話しかける」ことができるように練習し たいものである。その方が絶対好印象を与える。聴衆の中に将来の勤め先の上役や研 究資金のスポンサーがいないとも限らないから、こういう縁と機会は大切にしよう。
「原稿なしでは言葉につまった時が不安だ」とおっしゃるかもしれないが、実は原稿 だって読み飛ばしてしまって脈絡がつかめなくなってしまうことがありうる。途中で OHPをとりかえたり黒板に板書しないといけない発表ではその都度原稿から目をそ らすことになるので、特にその危険が大きい。それでも本人が読み飛ばしたことに気 付かず最後まで通せばまだ傷は小さくてすむが(話の脈絡は聴衆には理解できない が)、なまじ途中でそれに気付いてなんとかアドリブでそこを埋めようとすると余計 にぼろぼろになってしまいかねない。最初の数回の学会発表は原稿棒読みでも仕方ないとして、それから後は如々に「話す」あるいは「話しかける」モードに移行したいものである。
とはいっても、全く手ぶらで発表して聴衆を納得させるのは余程の達人にならないと 無理である。こんな時、小さなカードに話の要点だけを書いて、それをめくりながら 話をする人がいる。ローテクではあるがいろいろ応用が利いて、結構便利なやり方である。また、OHPやパ ワーポイントなどのプレゼンソフトを発表に使うなら、そこに書いてあることをもと にふくらませて話を進めることも可能である。(逆に、話を続けやすいように表現を 選んでそこに書いておくとよい。)また、完全主義者になるとまず発表を文字化した 論文を仕上げた上で、それをかみ砕いて一から口頭発表の準備をするものなのだそう である。
なお、政治家がスピーチをする時などは「プロンプター」と言って電光掲示板方式で 原稿を目の前に流す装置を使っている。(それを読みながらいかにもソラで話してい るように見せるのが政治家の腕である。)幸か不幸か、普通の学会ではここまで凝った器材の準備はしてくれない。
ことばにこだわってことばに倒れる↑
何とか上手に英語をしゃべろうとばかり気にしていると、却って英語がぼろぼろにな って崩れてしまうことがある。逆にいざとなったら「多少ブロークンでもいい」ぐら いのつもりでメッセージを伝えることに精力を傾注したほうがじわじわと表現力も伸びていくようである。
たとえば研究発表で、日本の累積財政赤字額を示した折線グラフを説明することにな ったとしよう。前もって準備しておいたグラフがスクリーン上に映しだされてい る。「この図におきまして、横軸は会計年度を、縦軸は赤字の額をあらわしています」と言いたい。ところが弱ったことに、縦軸(vertical axis)、横軸(horizontal axis)という英語の表現を度忘れしてしまった。こんなとき、「上手な英語をしゃべってやろう」とか「英語を間違えてはいけない」とかいう思いが先にあると「縦軸」を説明するためにあれこれ言い換えたりしていて、肝心の発表が脇にいってしまう。その「言い換え」でさらにつまづいたりしたらパニックになってしまって目もあてられない。「英語にこだわって英語に倒れ る」という由縁である。もちろん事前にできるだけの準備はしておくべきだが、緊急 事態が生じたら臨機応変に切り抜けるしかない。
それではどうしたらいいか。筆者ならこうする。横軸に沿ってポインターか手を動か しながら聴衆の方を見て、ゆっくり"fiscal year"という。次に同じく縦軸を差し示しながら、"deficit"という。「言わなかった情報も状況から容易に推測できるはず」というわけである。何のことはない、要するに身振りをまじえながら単語を並べ ているだけなのであるが、案外こっちの方が聴衆にとってもわかりやすかったりする。要は、
「いざとなったらことばよりもメッセージを優先せよ。」
英語の先生をしていた人など「単語を並べる」だけで話すのは恥ずかしいと思いがちだが、ここは 「コミュニケーション基礎論」の体験実習をしているのだと自分に言い聞かせ、思いきってしばらくの間そういう先入観を取り払うことから異文化体験を始めてみるのも一案ではないだろうか。
実際、英語ネイティブ同士が話している時でもいつでも完全な文を構築しているとは 限らない。よく注意して聞いているとわかるが、尻切れとんぼの文や単語の羅列の場 合も結構ある。(日本語だって、いつもNHKのニュースアナウンサーみたいに完全 な文を口にしているのはかえってヘンだろう。)ただ、それが不自然にならないのが ネイティブのネイティブたるところである。同じ単語の羅列といっても、上手に単語 を拾って容易に意味が通じるように話している。こういう「自然さ」を身につけるの には、やはり実際に英語が日常生活で使われる環境に暮らしてコミュニケーションの 機会を数多く経験するのが有効のようである。
また、「ことばよりもメッセージを優先せよ。」とは言っても、その気がないのに失 礼な表現を使ってしまって相手を怒らせては大損である。なまじ英語が流暢になって くると相手も「外国人だから適切な言い方を知らないんだろう」と思ってくれず、却 ってこじれることがある。英語力が上がってきた時こそ要注意である。
原稿を持ち込むなら↑
とは言っても、最初の学会発表を原稿なしでこなすのはかなり不安である。「慣れるまでは完全原稿を準備して発表に臨もう」とお考えなら、スムーズに原稿を読めるようあらかじめ準備をしておいていただきたい。
簡単にできるわりに効果があるのは/「ポーズ/(間合い)をとる箇所に斜線を入れておく」ことである。/こんな簡単な細工をしておくだけで/聴衆にとってかなり聞きやすい発表になる。/逆に/ポーズが正しくとれないと/イントネーションも崩れてしまいがちである。
デジタルカメラ利用の会話術↑
かなり英語に慣れてからでも、水道の蛇口の形状やテレビの背面の配線を英語で説明するのは難しい。(それどころかたとえ日本語でも、しかるべき用語を知らなければなかなかうまく説明できないものである。)しかし、粗物屋や電器屋で買い物をする際は、こういう情報を店員に説明しないと必要なものを出してもらえない場合がよくある。実物は大きすぎて持っていけない、絵を描くのは苦手、写真をとって現像するのも面倒、というならデジタルカメラでパチリとやって、そのカメラをそのまま店にもっていくという手がある。店についてからカメラの液晶モニター上に画像を再生し「これをください。」と言えば、イッパツで話が通じる。
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