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北米留学上級技術マニュアル - 英語を読む工夫


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読めないのが一番つらい留学生

 英語が「読めない」、「書けない」、「聞けない」、「話せない」のうち、留学生にとってどれが一番つらいかときかれたら、「読めない」だと思う。朝から晩まで一心不乱(のつもり)で読み続けても定められたreading assignmentを終えることができないまま授業に出なければいけない時のつらさは、経験してみないとわからない。それが頻繁に学生を指名してreading assignmentの内容を質問するような意地の悪い(親切な?)先生の授業だと、首をすくめて「どうか、あたりませんように…」と祈る他ない。日本におられる間に英語力を増強するなら、最大の努力を読むことにあてるべきである。

 といっても、手あたり次第に何でも英語で書かれたものを読むだけでは(それも必要だが)、焦点が定まらない。外国語の技能の中でも、特に読解は狭義の語学力と内容に関する知識が密接に絡み合っていてはっきりした境界線がひきにくいぐらいであるので、専門の文献を読んで、専門語彙や分野の論文の構成も頭にいれながら読む練習を積み重ねるのが一番効果が高いと思う。

速読法コース受講体験記

 アメリカはお国柄、速読法コースがさかんである。J.F.Kennedy元大統領が若いときに速読法を学んで高速で書類をさばく術を身につけたなどという逸話がいくつも残っている。(文中の概念が視覚的に浮き立つ漢字カナ混じりの日本語文にくらべ、アルファベット26文字だけに頼る英文では速読でもしないと追い付かない、という事情もあろう。)
 筆者もUniversity of Illinois在学中に大学主催の速読講座に出たことがある。週一回のセッションが数週間にわたってあった。速読法には色々な流儀があるが、筆者が学んだのは、視線の動きをリズミカルにコントロールすることにより理解度を著しくおとさないで読むスピードを向上しようという、まあ「主流」といえるやり方である。これは、詳細までは頭に残らなくても、概要がつかめればいい、という前提でなりたっている。類似の民間の速読コースに出ると何百ドルもとられるが、大学主催のコースだったから百ドル以内で済んだ。
 さて、効果のほどであるが、確かにセッションをおうごとに、講習中にやらされる練習課題を読むスピードはあがってくる。このやり方を応用すると新聞記事の類はかなりの高速で読むことが可能になりそうだが(外国人でもある程度英語に慣れていれば300〜350 words per minute、つまり一分間に300〜350 語程度には届く)、専門文献、それも自分にとって新しいトピックの論文を読む際にはあまり役にたたなかったように思う。重要な条件や概念の説明をひとつ読み飛ばしただけで、全体の論旨がわからなくなるのが専門論文というものだから、これはいたしかたあるまい。(専門文献でも、関連する概念や研究の流れを知悉していれば、ある程度は速読が可能になる。)とはいっても、新着雑誌がとどいたらまず速読のテクニックを使ってどこに何が書いてあるかぐらいつかんでおき、後から面白そうな論文や記事だけじっくり読む、という使い方は可能だろう。
 もっとも、University of Washingtonに留学した佐伯胖氏(後に東京大学教育学部教授)のように、学術論文を読む時も含めてもっとめざましい効果があった、と述べている方もおられるから、これは素質の問題なのかもしれない。速読法コースを受講されたかどうかは存じないが、猪口孝氏(国連大学副学長)によれば300ページの専門英書を2時間で読了するぐらいのスピードは国際政治学者としてジョーシキなのだそうである--- 絶句。
 なお、同じような練習は、自宅ででもできる。メトロノームのカチカチいう音にあわせて視線を次の行に送る練習を重ねると、速読に必要なリズム感がある程度つかめるようである。こういう練習は、日本にいる間にもできる。雑誌TIMEあたりをそうやって読めば、格好のTOEFL準備にもなるであろう。ガターン、ゴトーンとレールのつなぎ目ごとに音をたてる電車の中で、その音がする度に次の行に進むという練習も可能である。(ただし、雑誌をこうやって読むのは最初は苦しいので、新聞からはじめた方がやさしかろう。)

速読の科学

 民間の速読の訓練コースの中には1分間に何千語あるいはそれ以上も読めるような宣伝をしているところもあるが、筆者が読解心理学の権威George McConkie教授(University of Illinois)の授業で聞いた話によれば、現在知られている人間のテキスト視認のメカニズムから考えると1分間に認識できる英単語の数はせいぜい1000語弱のあたりだそうである。これだと、『タイム』1ページあたり1分前後で読み終えるのが関の山である。それ以上にスピードをあげようと思えば、何らかの「飛ばし読み」をせざるをえない。もし巷間喧伝されているように1分間数千語あるいはそれ以上のスピードで内容を完全に理解できるような速読法が実在するとすれば、心理学界を震憾せしむるに足る大発見ということになるが、はて…?
 実際、一方では「1ページを8〜10秒で読」み、その内容を全て記憶しているという特異な才能の持ち主の挿話も報告されているが(「サヴァン症候群」『日経サイエンス2006年3月号』82〜88)、こういった事例の多くは厳密な実験心理学的検証を経ていないため、どちらの言い分を信じたらいいのか判断に迷うところである。なお、この事例で報告されている人物は脳の器質的構造そのものが常人とは先天的に異なるそうである。
 速読に関する心理学的研究についてさらに詳しく知りたい方は、次の文献を参照なさるとよかろう。

Rayner, Keith & Alexander Pollatsek. (1989). The psychology of reading. Lawrence Erlbaum: Hillsdale. ISBN: 0-8058-1872-3.

Chapter 12: Speedreading, proofreading, and individual difference. (439〜460.)


The Psychology of Reading
作者:Keith Rayner, Alexander Pollatsek
出版社/メーカー:ハードカバー
発売日:1989-01-17
メディア:Prentice Hall College Div
Wiki

悪名高い2ちゃんねるでも、速読に関する連続スレッドで真剣な議論を延々と続けている。(匿名掲示板に名乗りをあげてスレッドを立てるという、やや珍しいパターンである。)
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/hobby/1018802625/
案外実証的な研究が乏しい分野なので、読みの過程に関する研究をなさろうという方には格好の研究テーマかもしれない。

本文を読む時間もない人のために

 狭義の速読テクニックの範疇には入らないが、実験心理学などの文献の場合、本文を読む時間がないならとりあえず図表に目を通しておくだけでも授業で何の話をしているのか多少はつかめるようになる。もちろん図表だけでは脈絡が通じないことが多いが、そこを推理を働かせるのである。後で本文を読む時、以前に図表だけ見てわからなかったことが本文に書いてあれば肝心の論旨が素早く追えるようになり、漫然と読むよりずっと短時間で要点がつかめる。筆者がイリノイ大学で神経心理学の授業を聴講していた時も、あまりに大部の教科書でとても読み切れなかったので、図表だけ見て授業に出ることにしていた。言語学の文献の場合なら、せめて例文だけでも読んでおいた方がよかろう。

速読用辞書

 読書に興が乗っている最中に文中にわからないことばが出てきて、辞書をひくのがもどかしく感じられた方は多いであろう。あまり頻繁に辞書をひいていると思考の流れが中断されてしまい、かえって内容の理解も低下してしまう。こういう時、電子化された文書をコンピューター画面上で読んでいるならオンライン辞書を使うというハイテク作戦もあるが、紙に印刷された論文ではそうはいかない。筆者の知る限り、こういう時の辞書参照に要する時間を最少にしてくれるのが

  • 三省堂『表音小英和』

表音小英和
出版社/メーカー:新書
発売日:1991-07
メディア:三省堂
Wiki

である。発音記号を省いた簡潔な記述など斬新な設計で、英和小辞典の世界に技術革新をもたらした。大辞典とあわせて、一冊は手元に置いておきたい。実は紙装の、安い版の方が紙質が厚いので片手で素早くひけるのだが、残念ながら紙装版は現在品切れで増刷の予定はないそうである。いいものが売れるとは限らないのが出版界の悲しい現実である。
 欲をいえば、この種の小型で低価格の辞書は一冊といわず何冊か買って「勉強机の上」、「テレビを見るソファーのそば」、「かばんの中」、「大学院生控室」などに常備しておくと重宝する。例えば新聞を読んでいてわからない単語があった時、その場でひかなければ後でわざわざ調べる気など起きないからである。こういうわずかな手間の蓄積が、長年の間には大きな差になる。もちろん、さっと取り出してさっと引けるよう、あらかじめ辞書のカバーを外しておこう。辞書は消耗品である。
 なお、英々辞典は『タイム』や『ニューズウィーク』を定期講読すると景品としてもらえることがある。辞書は何冊あっても困るものではない。あちこちにおいておけばいいのである。

週刊誌

 とにかく活字に触れる機会を増やして英語に慣れようというなら、"Time"、"Newsweek"、"US News & World Report"などの週刊誌を定期講読することをお勧めしたい。北米圏の日刊の新聞はあまりに大部でとても読み切れないし、内容的にも概して読み物としての突っ込みがたりないので、週刊誌の方が読み終えたという達成感がある。ご存じと思うが、"Time"や"Newsweek"は米国ではかなりの権威があり、通常の日刊新聞よりも知的にランクが高いとみなされる。実際、両誌の国際記事の充実ぶりは外電に頼る地方新聞の及ぶところではない。これに対抗できる日刊新聞といえば、アメリカでは恐らく"New York Times"など数紙のみであろう。両誌はときおり、天文学、生物学、歴史学、考古学、発達心理学、医学、情報工学などの最新の研究を一般読者向けに解説した特集記事を掲載することがあり、これはその分野の専門家も目を通しておいていいと思う。この両誌にくらべると"US News & World Report"は「格」の上では落ちるが、『暮らしの手帳』的な生活密着記事や大学ランキングの特集を頻繁に組むなどしてそれなりに特色のある誌面づくりをしている。

 もちろん学生寮のラウンジや喫茶店などにもこの種の週刊誌はおいてあるが、自分で買えば常時もち歩くことができ、バスを待つ間にも眺めてみようという気になる。こういう短い時間の蓄積が長期では大きな差になってあらわれるのである。

 英語の勉強自体を目的として強く意識しているとつい全巻を読破することを目指してしまい、一週間でそれが達成できないと挫折感を感じてしまいがちである。なまじまじめな人は何週間も前のバックナンバーを抱え込んでしまい、「今週号より先に、古い号を読まねば」という義務感で自分を苦しめているような場合もある。もっと気楽に、たとえ半ページのコラム一本でも読み終えれば、あるいは「今週はどんなニュースがあるだろうか」と見出しをざっと眺めただけでも、何か得るものがあったと肯定的に考えた方が長続きするように思う。古い号が手許にあるとつい気になる人は、新しい号が届いたら古い号をさっさと押し入れにでも片付けてしまった方がよかろう。

 購読料を安くで済まそうと思えば、学生用の特別割引講読を利用するとよい。大学のブックストアに専用の申込書がおいてある。長期講読すると一冊あたり1ドル以下(送料込み)という驚異的な低価格で入手できることもある。これなら2年にわたって講読しても100ドル以下である。日本で英会話学校に通うことを考えればずっと有効な投資だろう。なお、両誌は編集方針や文体がやや異なるので、半年か1年ごとに切り替えるというのも悪くない。(一度に両方とも講読して読む元気がおありなら、見上げたものである。)

 なお、"Time"や"Newsweek"は契約更新の際にあれこれ景品をくれることがある。いいものを手にいれたければ、更新をなるべくぎりぎりまで待って、欲しい景品がつくまで粘るという手もある。かくいう筆者も、これまで両誌を講読して辞書、地図帳、工具セット、コーヒーカップ、腕時計、ラジオ、電子アドレスブックなどを手に入れた。

 "Time"や"Newsweek"なんかありふれていてつまらない、とおっしゃる方は"New Yorker"などさらにhigh-browな雑誌に挑戦なさるのもいいだろう。このあたりは筆者も詳しくないので、信頼できるネイティブにご相談ください。

 なお、日本にいる間ならJapan TimesやAsahi Evening Newsなどのいわゆる英字紙(どうして「英語紙」といわないのか不思議だが)も購読できる。"Time"や"Newsweek"にくらべれば英語の文体が読みやすいし、話題も日本人読者にあわせてあるから、入門用としては悪くないと思う。速読の勘をつかむためには、最初は少し易し目の媒体をたくさん読んだ方がいいというのも一理ある。



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