北米留学上級技術マニュアル - カナダ留学情報
目次
筆者はカナダの大学で勉強した経験がないので、ここでは大まかな情報しか提供できない。大学の組織や昇進制度などは、アメリカとよく似ているそうである。
(続編を執筆してくださる方を募集しています。興味のある方はご連絡ください。)
科学先進国カナダ↑
カナダは経済的には米ドル圏に組み込まれているが、学問的にはアメリカとヨーロッパの両方に対して開かれている。ヨーロッパで生まれた新しい学説や理論は、アメリカよりも先にカナダに伝えられることも多い(国の政策の違いもあって、語学力の点では概してカナダ人の方がアメリカ人より上である)。左右(特に「左」)のイデオロギーへの寛容度からいっても、アメリカよりはカナダの方が度量が広いところがあるように見受けられる。
米欧の両文化圏から刺激を受けるだけに、カナダの大学の研究水準は高い。カナダの一流大学は世界に通用する。 世界の学界を主導するような優れた研究者も多数輩出している。現に、今世紀に入ってから1991年までの間に、カナダからは5人が自然科学部門のノーベル賞を受賞していて、人口やGNPでは数倍する日本とくらべてもさして見劣りしない。(しかも、日本人受賞者の多くは、北米を中心とする外国の研究機関に「出稼ぎ」している間にあげた業績に対する授賞である。)対人口比の「ノーベル賞率」から言うと、カナダの方が日本よりずっと高い。カナダの大学の質の高さがうかがわれよう。人口だけを見ればカナダは小国だが、学問的水準からいうと堂々たる科学先進国である。
州立大学が中心↑
カナダの一流総合大学は、みな州立である。私立大学が最上位を占めるアメリカとは様子が随分違う。
フランス語の授業も↑
Quebec州は英語とフランス語の混合文化圏であって、授業をフランス語でやる大学もたくさんあるというのは、日本でも常識になっていると思う。使用言語をちゃんと確かめてから応募なされたい。
他所者には冷たいカナダの大学↑
カナダの大学はカナダ永住権がないと奨学金がとりにくいし、教職員を採用する際もカナダ人を優先することが募集要綱に明記されている。入り込むのがいささか難しいことは頭にいれておこう。(とはいえ、入学審査そのものについては、国籍によるハンディはない。)
多文化主義国家・カナダ↑
ただしこれはカナダが知的な意味での帝国主義政策に力を入れていないというだけの話で、カナダ人が他の国民に比べて特別に人種差別的であるというわけではない。むしろ個人のレベルでは、カナダ人は人種に関しては概してアメリカ人よりもフェアであるという印象を持っている。アメリカでは外国からの移民は英語を身につけるとともに旧世界のことばを捨ててしまうのが一人前のアメリカ市民になる早道だと考えている人が多いのに対して、カナダでは祖先の文化を継承しながらカナダ社会に適応することに重きがおかれるようである。(少なくとも建て前では。)
この姿勢は先住民との関係にも反映されている。筆者が1987年の夏に知人のつてでToronto郊外の某一家のお宅にご厄介になったおりには、高校教師で古代エジプト学者のご主人が「アメリカは先住民の土地を奪って国を広げたが、カナダは白人と先住民が合意の上で協定を結んで築いた国だ。」と自慢しておられた。カナダといえどもこれまでの経緯でそれなりに先住民との摩擦軋轢はあったであろうし、今日でも微妙な点で先住民に対する差別がないとは言い切れないが、他の多くの国(アメリカ・オーストラリア・それに日本も含め)にくらべれば人種間の融和が進んでいて、国民の意識も比較的開明的なようである。当のご主人自身の御母堂も先住民族の出身であり、その御母堂を前にしておっしゃったことばだけに、単なる宣伝文句を越えた迫力があった。先住民のジェスチャーがいかに効率的で高速な長距離情報伝達方法であるかを実演していただいたのも、蒙を開かれる思いであった。
南北アメリカの先住民人口はどうして激減したのか?↑
米大陸の先住民史に関して、筆者がつい最近まで誤解していた点がある。ひょっとして読者の中にも同じような誤解をしておられる方がおられるかもしれないので、ご参考までに筆者の最初の誤解とその後学んだ正解を紹介しておく。
15世紀末のアメリカ大陸「発見」以前には南北アメリカの先住民人口は4000〜5000万人をかぞえたが(とりわけ現在のメキシコ領から中南米にかけては整った機構を持つ国家があり人口も多かった)わずか数十年のうちに何分の一かに激減してしまった。特にメキシコでは1519年に3000万人いた人口が、約50年後の1568年には300万人になってしまった、という統計数字を筆者がはじめて知らされた時は、その後ヨーロッパからの侵入者が数千万人を殺戮する文字どおりのジェノサイドを行なったのだと単純に信じてしまった。これが事実とすれば、人類史上最大規模の大虐殺(「コワい話」)の一つということになろう。(実際、読者をしてそう思わしめるような書き方をしてある本もある。)
筆者が後になって知ったところでは、この驚くべき人口激減はスペイン軍やポルトガル軍などによる襲撃や徴用酷使によるものばかりではなく(それもかなりのものだったが)実は死因の大半は伝染病だったということが、近年の実証的研究で明らかになっている。それに先立ち中世ヨーロッパ諸国もペスト、天然痘などが大流行するたびに人口の数十%が失われる悲劇を経験し、その都度免疫抵抗力の強い者達が生き残って社会を再建することによりかろうじて文明を維持してきた。ヨーロッパの港を出て新大陸を目指す船のいずこかに人知れず潜んでいたそういう強力な病原体の数々が、上陸するや免疫抗体をもたない先住民に一斉に襲いかかり急速に伝播して、おそらくは白人を一度も見たことのないであろうような人達までが伝染病で次々に病死する惨劇を生んだ。伝染病は、侵入者に対する組織的な抗戦を可能にする先住民の社会基盤そのものを破壊した。かくして崩壊寸前状態に陥った先住民社会にとどめをさしたのが、ヨーロッパからの侵入者たちの軍隊や私兵であった。(南北アメリカも含め地上に現在生存している人類は、そういう細菌との戦いに生き残る過程で伝染病に強い形質を持つ個体が選別された「ミュータント族」の後裔といえる。)
組織的な細菌戦争を計画・実施できるだけの微生物学の知識と技術が15〜16世紀当時(日本では戦国時代)のヨーロッパ人にあったとは到底考えらない。疫病が細菌感染によることがパスツールによって立証されたのは、遥か後年の19世紀であり、トルコで民間療法として伝わっていた原初的な人痘法がイギリスに持ち込まれたのも18世紀になってからのことである。したがって、近世のアメリカ大陸における伝染病大流行は間違いなく先住者・侵入者の双方にとって不測の事態であったということができる。以上の経緯に関しては、次の記事がわかりやすくまとめている。
Cowley, Geoffrey. (1991). The great disease migration. Newsweek. Columbus Special Issue. p. 54-56.
より詳しく専門的な記述は、
Crosby, Alfred. (1972). The Columbian Exchange: Biological and Cultural Consequences of 1492. Westport, Greenwood.
の第2章("Conquistador y Pestilencia")にある。
入植開始以降、ヨーロッパ人がわざわざ莫大なコストをかけてアフリカから中南米に黒人奴隷を数多く連れてきた(南北アメリカを併せると、1000万人以上──これに加え、移送の船中の劣悪な環境下で多数が死亡〜これも人類史上屈指の人為的大量死といわれる)のも、実は先住民は病気ですぐ死んでしまうことが多く労働力としてあまりアテにできないからでもあったのである。そうでなければ先住民を労働力として雇用ないしは徴用した方がよほど経済的だろう。現地に何千万人もいた潜在労働力を手間暇かけてわざわざ皆殺しにしてした上、海の彼方から奴隷を買ってくるのは、例えひとまず倫理を抜きにして純粋に植民地経営の効率という観点だけから考えてもつじつまが合わない。そういわれてみれば、同じくスペイン領であったフィリピンでジェノサイドが企てられたことを示す形跡がないのに、南米でだけそれがあったというのも腑におちない。
ともあれ、スペイン・ポルトガル両国が中南米の先住民に対してホロコースト型のジェノサイドを組織的に行なったという説は、今でもときおり耳にする。この噂の普及に最初にあずかって力があったのは、実は英蘭など反スペイン諸国の宣伝工作であった。この風説は、プロテスタント派がカトリック教会を攻撃する材料としても利用された。
とはいえ、近世南北アメリカ大陸の歴史を先住民側から見れば、大筋ではヨーロッパ人によって収奪される歴史であり、その過程で惨たらしい殺戮が数多く行なわれたことは否定しようがない。映画"Mission"(南米)や"Soldier Blue"(北米)で描かれたような集落単位の無差別大量殺戮は、実際に方々で起きている。鉱山や農場などで奴隷労働ないしはそれに近い酷使がおこなわれていたのも事実である。過剰なレトリックを弄することは長い目で見てかえって説得力を削ぐが、この史実を史実として謙虚に受け止めるべきことは言うまでもないだろう。コロンブスの大西洋初横断500周年を記念して作られた次の2本のアメリカ映画のうち特に後者は、標題も含めこの点に目配りを払う努力の跡がみられて時代の流れを感じさせたが、なおその描き方は必ずしも全ての人を満足させるものではなかったようである。
"Christopher Columbus: The Discovery"(トム・セリック、マーロン・ブランドが出演していた)
http://www.amazon.com/gp/product/6302616271/ref=pd_bbs_null_1/002-3992966-4573614?s=dvd&v=glance&n=130
"1492: Conquest of Paradise"(シガニー・ウィーバーが出演していた)
http://www.amazon.com/gp/product/B00005A0ZH/qid=1141967167/sr=1-4/ref=sr_1_4/002-3992966-4573614?s=dvd&v=glance&n=130
なお、18世紀中葉のフレンチ=インディアン戦争の直後、天然痘患者の病棟から持ち出した毛布を英軍の将軍が先住民部族に送って感染を謀ったという記録が残っており(ただし所期の作戦効果があがったかどうかは確認されず)、その後も北米では部族皆殺し的な作戦が多発している。当初地下資源の収奪を目指した中南米での植民地経営と違って、北米では征服した土地を耕地や牧場にかえるのが主たる目的であったから、そこに居た先住民を文字どおり駆逐する必要があると考えたようである。ことを近代までに限定すれば、結果として死んだ人間の「数」ではなくその原因を作った側の「意図」の方を問題にするかぎり、中南米より北米の植民者の方が一層冷酷だったと言えそうである。その国土放牧地化を南米で行なったのがアルゼンチンで、ここでは「北米型」を彷彿とさせるような組織的な先住民掃討が行なわれている。
ご参考までに、アメリカ英語では秋になってから急に夏のような暑さが戻ってくる(日本語の「小春日和」にほぼ相当する)ことを"Indian Summer"というが、これはもともと「インディアンは約束を守らない」という当時の俗信から生じたサベツ表現である。(もっとも、それと知らずにこの表現を使っているアメリカ人はnative Americansにも結構いる。)ご存じの通り、実際にはアメリカ政府や入植者側の方が先住民の部族("nation")との条約を反故にしたことが多かった。
なお、天然痘やハシカとは逆に米大陸からヨーロッパに伝わった病原体の一つが梅毒ウイルスだという説がある(異説もあり)。梅毒ウイルスは16世紀末には東アジアにまでひろまり加藤清正も朝鮮の役の陣中で感染している。しかし梅毒という病気は症状の進行が緩慢で感染経路も限定されているため、ユーラシアの文明を破壊するところまではいかなかった。余談ながら、米大陸起源のもう一つの有害物質は言うまでもなくタバコである。
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