北米留学上級技術マニュアル - たかが英語、されど…
目次
- 英語試験対策
- 留学先選び
- ESLコースをとれと言われたら
- 英語に洗脳される?
- 私の好きな英語表現
- "network"
- "resource"
- "professionalism"
- "commitment"
- "elegant"
- "Make them regret!"
- "We agree to disagree."
- "intelligent layman"
- "postgraduate student"
- 私が誇れる日本語表現
- 技能分野別の工夫
- その他もろもろ
いくらやっても「まだ不充分」と感じるのが外国語の勉強。筆者もいろいろやってみたが、また特効薬は見えてこない。失敗談も含めてここでご紹介します。
英語試験対策↑
TOEFL対策情報は、「留学試験入門」を参照。
留学先選び↑
英語学習という観点からみた留学先の選択については、「あなたにピッタリの大学を選ぶ」より「「英語道一筋」という方へ」を参照。
http://mywiki.jp/sasac/北米留学上級技術マニュアル/あなたにピッタリの大学を選ぶ/#16
ESLコースをとれと言われたら↑
英語力不足とみなされると、ESL(英語補修講座)のコースをとらされる。これが概して評判が悪い。たいていは時間の無駄だという不平を聞く。確かに、研究に役立つような読解力をつけるなら自分の分野の専門文献をたくさん読むのが本道だし、聞く力をつけたいなら、興味のあるいろいろなコースを聴講するのが早道であろう。
そんな中で、確実に役立つノウハウを教えてくれるのがWritingのコースである。この種のコースは、学問的な文書の構成の仕方(paragraph writing)をみっちり教えてくれるので、しっかり勉強しておくとterm paperを書くのがぐんと楽になる。また、大学によってはワープロソフトの手ほどきや図書館での資料集めの実習もしてくれ、さらに電子メールの使い方まで教えてくれるところもあるそうである。
どうしてもESLのコースをとらざるを得ないなら、まず一学期目にWritingのコースをとり、その間にTOEFLを再受験して高得点をあげることである(半年も外国にいれば、よほど日本人の内輪だけに入り浸っているのでない限りlisteningの得点は確実に向上する)。TOEFLの得点さえ上げておけば、それを論拠に、二学期目にはESL免除を願い出ることができる。
なお、Writingの授業を受講したら当然ながら英文を綴る練習を毎週のようにさせられる。こういう時、もし題材に選択の余地があるなら、自分の専門分野のことを素人向けにわかりやすく説明するなど、将来役に立つようなテーマを選ぶようにしよう。(専門家に見せるような論文を書いてもっていったら、writingの先生もまず理解できないので的確なフィードバックがもらえない。)
ESLコースの裏話↑
英語学校(ELI)が出している英語補修(ESL)のコースは、多くの場合、英語教育学(TESL)専攻の大学院生のための財政援助の一環なのである。留学生に英語コースをとらせることで大学院生の仕事を確保してやるわけである。留学生の側のニーズよりも職の確保を優先するような不埒も往々にして行われるらしい。
University of Illinois時代の筆者の友人(数学専攻)で、入学時に英語補修コース履修を義務づけられたがずっとそれを果たさず、そのままでほとんど数学科の必要単位もとりおわって修士課程卒業間近になったころ(!)「まだESLのコースをとっていない。これでは卒業させられない。」と英語学校からクレームをつけられてやむなくESL Readingのコースを受講した男がいる。(こういう規則のための規則を押し付ける輩がいるのも、日本だけの専売特許ではない。)そのコースの内容たるや、日本の大学入試問題さながら、綴りから発音を類推する規則を教えることだったとのこと。(これは英語教育学科の某教授の多年の研究テーマなのである。)彼は「発音なんか、辞書を見ればわかるじゃないか。第一、意味も知らないような単語を発音できて、何の役にたつんだ!」と怒っていたが、筆者も全く同感である。他学部の先生もこういうELIの横車を内心苦々しく思っているが、正面切って喧嘩したくないので、見て見ぬふりをしている場合が多いらしい。
しかし、しかし…↑
しかし、である。これを逆から、つまり英語教育専攻学生の立場からみてみよう。すると、北米では英語教育学科の傘の下に英語研修プログラムがあり、英語教育専攻の学生はそこで実習の機会が与えられるということでもある。つまり、運営の仕方によっては言語教育の理論と実践を緊密に結び付けた理想的な教師訓練・課程開発の場がそこにあるということでもある。(そのポテンシャルをどの程度活用しているかは別問題とする。)
実際、中にはESLコースの充実に心血を注いでおられる素晴しいプロの英語教師の方もおられる。現に、筆者がUniversity of Hawai'i at Manoaに在籍していた1985年頃、同校の英語研修コースでは畏友Susan Proctor等が教材開発論の泰斗Jack Richards教授の指導のもと、外国人留学生にとって必要な英語力を洗い出してESLコースの改善に取り組んでいた。
英語教育に限らず、北米の日本語教師養成のための修士課程もほとんど例外なく傘下に日本語科を擁しており、大学院生は優先してTAの機会をあたえられる。この点、日本の大学院の日本語教師養成講座は残念ながらほとんどの場合日本語教育の実践の場である留学生センターと完全に切り離されており、両者が協力して研究や教育課程開発にあたるのは容易でないようである。
英語に洗脳される?↑
完全にネイティブなみとまではなかなかいかないまでも、何年か外国に暮らしているとそれなりに会話もスムーズにできるようになり、最初のようにしどろもどろになることが少なくなってくる。振り返って渡米直後のころどうしてあんなに頻繁に言葉に詰まっていたのか考えてみると(単語や成句表現の知識と運用能力が不足していたのはもちろんだが)、いかにも日本的な、英語で簡単に言い表すことが難しいような概念がまず頭に浮かび、それを無理に英語に置き換えようとして四苦八苦していたことが多かったことが思い出される。たとえば、
「武士は食わねど高楊枝」
---さあ、英語でどう言いますか?即座に答えられたら、あなたは和文英訳の達人です。『研究社和英中辞典』には
"A samurai, even when starving, acts as if he had a full stomach."
とあるが、これでは殆ど逐語訳で、こちらが言いたいニュアンスがわかってもらえるかどうか、およそ心もとない。少なくとも、日常会話で気兼ねなく使えるような言い回しではない。
「日本人は目が細い」なんて一見簡単なことも、案外英語にしにくい。普通"Japanese are slanty."と言うが、slantyとは垂れ目の反対の「つり目」のことで、「細い」という意味はもともと含まれていない。日本人は概して垂れ目だから、ちょっと違う、という気もする。
「せっかくお百姓さんが作ってくれたお米を食べ残すなんて勿体ない。」──この「勿体ない」の正確なニュアンスも英語では表わし難い。"It is a waste."と言ってしまうと単なる経済学上、経営学上の損失を表わしているに過ぎず、こちらが言いたい「折角苦労して実ってくれたお米を食べずに捨ててしまうなんて、お米様に申しわけない。」という罪の意識のニュアンスはとても伝えられない。(いっそのこと、「お米を食べずに捨てたら目がつぶれるよ。」= "You will be blinded as a due punishment, if you commit the sin of dumping rice."と言ってやりたいぐらいである。)"Waste"というのは所詮、人間の都合を最上位に置く発想であって、「もったいない」が持つ、物に対する有難さという発想とは異質であるように感じる。
英語圏での生活が長くなるにつれ、英語で話す時にはこういう英語で言いあらわしにくい発想そのものをしなくなってきて、その結果、表面上いくらか流暢になった部分もあるように思う。(それにつれ、話したり書いたりする英文も、発想面で段々「日本人臭さ」が薄くなってくる。)それも、最初のころは「これは自分の英語力では言いにくいからやめておこう。」という回避を意識的にやっているが、後になるにつれそれが無意識におこなわれるようになる。極論すれば、英語で話す際のスムーズさとひきかえに、日本人の魂を売り渡して英語的発想(というより、正確に言えばESL的発想)に洗脳、植民地化されつつあるのではないか?と恐怖感をいだいてしまう。
ちなみに、かつてさる高名な通訳者が、国際会議の席で日本人の講演者が使った「肩で風を切る」という言い回しを"cut the wind with shoulders"と超直訳して見事通じさせたそうである。時として摩擦は覚悟で敢えて日本的発想を外国人にぶつけてみることも、真の国際相互理解のためには必要なのではないか、と思うことがある。日本人が外国人に合わせているだけでは、一方通行でおわってしまう。
エコロジー運動↑
欧米のエコロジー運動には、こういう「勿体ない」の発想があるのであろうか。筆者はまったく無知だが、ご存じの方があれば御教示いただけたら幸いです。
またまた余談だが、古い工場設備を「まだ使えるから買い替えるのはもったいない」といってそのまま使い続けることで生産性もエネルギー効率もあがらず、トータルでは大損になるというのも大いにありうるシナリオである。現に旧ソビエト圏経済が左前になった理由のひとつは生産財の「減価償却」という概念をふまえたタイムリーな設備更新がおこなわれなかったからだと言われている。一方のアメリカでも、今なお走り続けている旧式の大型車が途方もないガソリンの浪費を重ねている。(ガソリン価格が日本にくらべて安いため、低所得層の方が燃費の悪い旧型車に乗り続けているのは皮肉である。)
私の好きな英語表現↑
"network"↑
遠回しに「コネ」と言っているだけだろ、と思った貴方はシニカルすぎます。たしかに文脈によってはそういう意味合いを帯びることもあるが、networkは利害関係にもとづくものばかりではない。むしろ最新の研究動向情報の流通などの(人的)情報ネットワークこそ、専門職業人にぜひ必要な知的財産である。
何より、「コネ」と違って公の席で堂々と使っても恥ずかしくない表現であるのが嬉しい。
"resource"↑
一つの大学の擁する教授陣、院生、専攻課程、授業科目、図書、諸設備、さらには他大学との提携システムなどを全部ひっくるめてひとことで"resource"と表現できる、とても便利な語である。あえて日本語に訳せば「資源」だが、文字通り「資源」は開発せずに眠らせておくだけでは役にたたない。「わざわざ留学するからにはそこから得られるものを骨の髄までしゃぶりつくしてやるゾ」という意気込みをこの一語に込めることもできよう。
"professionalism"↑
「職業人(プロ)としての責務の自覚と、それに裏打ちされた行動規範および実践」とでもいえばいいのだろうか。これに相当する概念は日本にも(他の多くの国にも)あると思うが、一言でいいあらわす表現を探すのは意外に難しい。とにかく、求職の際に提出するstatement of purposeの中にさりげなく挿入するとカッコいい一語である。
"commitment"↑
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/2780/Iso14000/iso14000-3.htm
"elegant"↑
実際の犯罪捜査は九分九厘無駄になることがわかっている聞き込みや裏取りなど泥臭い努力の末にようやく立件にこぎ着けることが多いらしいが、それだけに余計にシャーロック・ホームズのように手足を動かすより鮮やかな推理で犯人をつきとめる名探偵には憧憬の念が湧く。このような問題解決のしかたはelegantという形容詞であらわせる。学問の世界においても、elegantな解法を示した論文は結論のインパクト云々以前にその手際のよさだけで同業者の羨望と嫉妬を集めるものである。
実証科学のみならず数学の世界でも、最近はスーパーコンピューターを何百時間もぶん回してあらゆる場合をしらみつぶしに計算し定理を証明することがあるらしいが、こういうのは古風な数学者からはelegantで無いと軽んじられる。
"Make them regret!"↑
筆者が大学院を出てから職探しで苦労していたころ、「こっちの大学にもあっちの大学にも落とされた」と苦戦ぶりを自嘲モードで同分野の先輩研究者に開陳したら励ましてくれたのがこのせりふ。日本語の「見返してやれ」にほぼ相当するかと思うが、"Make them regret!"のあっけらかんとしたストレートさがいかにもアメリカらしく、ある意味うらやましくすら感じる。これを「後悔させてやれ」と直訳してしまうと何やら陰にこもってジトジトと湿っぽい感じがしてしまうのはどういうわけなのだろうか。
"We agree to disagree."↑
意見を異にする二人が、自分の立場を守りつつ相手の立場も尊重する時に使う表現である。見苦しい喧嘩でも、陰湿な冷戦状態でも、べたべたした仲良し集団でもない、クールな大人のプロ同士の関係を表現しているところがかっこいいと思うのだが、読者はどう思われるだろうか。
敢えて訳せば、「君子は和して同ぜず」(『論語』)かもしれない。
"intelligent layman"↑
一流の学者が凄いと思うのは、たとえ自分の専攻とはかけ離れた領域の講演や発表を聞いても相手の話を的確に整理分析し、本質をついた質問やコメントを発する場面をよくみかけることである。Job interviewで研究発表をする際、他分野のキレモノの質問が意外とこわかったりする。
もちろん別に学者ではなく普段アカデミックとは遠い世界に住んでいる人の中にも、こういう地頭のいい人はいる。
このように専門知識は乏しくても知的に情報を分析判断できる、手強い人のことを"intelligent layman"という。これを「頭のいい素人」と訳してしまうと原語のニュアンスがほとんど伝わらない。
"postgraduate student"↑
これはイギリス英語。アメリカ英語だと普通graduate studentというが、これではundergraduate studentとの対比がはっきりしない。それよりはpostgraduate studentといった方が「大学卒業後」という意味が明示的に表示されて論理的だと感じるのである。
私が誇れる日本語表現↑
英語表現を持ち上げるだけでは癪なので、「どうだ、英訳できるものなら訳してみろ!」と英米人相手に威張れる選りすぐりの日本語表現をここで挙げてみる。
「もったいない」↑
http://ja.wikipedia.org/wiki/もったいない
「痩せ我慢」↑
「意地」↑
日本語の「意地」に相当する英語の"ego"はほとんどの場合ネガティブな意味でしかつかわれないのに対し、「意地」はポジティブな用法もあるところが面白いと思うのだが、いかがでしょうか。
「泥のように眠る」↑
英語の"sleep like a log"が第三者目線なのに対し、「泥のように眠る」が当人の内観を言語化しているようにもとれるところがおもしろいと思うのだが、読者はどう思われるだろうか。
「恩返し」↑
ご存知のとおり、角界で「恩返し」といえば稽古をつけてくれた先輩力士を本場所で倒して成長の証を示すことである。師匠のゼミ指導を受けている時に「いつか恩返ししてやる!」という気迫で臨む学生がいれば恐ろしくも頼もしい。
そういえば、カンボジアの小学校にゴールポストとサッカーボールを寄附したフィリップ・トルシエが、「これで練習した子供達と将来ワールドカップで対戦したい」と言ったそうです。泣かせますね。
技能分野別の工夫↑
読む↑
「英語を読む工夫」を参照
書く↑
「英語を書く工夫」を参照
聞く↑
「英語を聞く工夫」を参照
話す↑
「英語を話す工夫」を参照
その他もろもろ↑
英語の名前を覚える↑
英米人のfirst nameというのは、慣れないとなかなか覚えられないものである。「少しでも連想を働かせて覚えやすくなるように」と筆者が愛用していたのが、典型的な名前の由来を説明した小冊子。もうすぐ生まれる赤ちゃんの名前を考えているお父さん・お母さんのためにわかりやすくまとめた冊子がスーパーマーケットや本屋で売られている。"Michael"や"David"が聖書起源の名前(biblical name)であることはよく知られているが、"Mary"が「海」と関係しているなど意外な情報もあって、その名を持つ知人を思い浮かべながら眺めていると退屈しない。
とりあえず日本アマゾンの洋書データベースで"baby" "name"とキーワードを入れてヒットしたうち、売り上げ順第一位の本へのリンクを以下に貼っておく。もっと安い本もあるし内容はどれも大同小異だと思う。筆者はアメリカのスーパーマーケットのレジの前に置いてあった一冊1〜2ドルの小冊子を買い求め、TAオフィスで話のネタにして遊んでいた。
日本語で読めるものとしては、
- 太田垣正義『英語の語源I』創元社
に姓・名・地名などの由来が述べられている。
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