研究能力を伸ばす方法を考える - 「研究法実習」舞台裏
目次
- 開設動機
- 運営
- 実習内容
- 「研究者のキャリア開発」「学会活用法」的なガイダンス
- 追試レポート
- 発表実習
- ホームページ作り
- 文献検索方法
- 研究アイデアネタ帳
- 勉学生活ポートフォリオ
- 発話の文字化練習・発話誘出実験の方法・コーパス分析ソフトの紹介など
- 研究法実習のキャッチコピーとイメージキャラクター
2001年以来毎年担当している「応用日本言語学研究法実習」(旧名「日本語教育特論」)のカリキュラム開発の経緯についての覚え書きです。同じような趣旨の授業は今後ともあちこちの機関で開発されることが予測されますので、筆者の経験の一端を公開します。
開設動機↑
着任前、何人かの在学生と話しているうちに「大学院生のわりに、研究に関する基本的な約束事や情報源を知らない」という印象を受けたので、そういう「お作法」「方法論」「サバイバルスキル」を身につけるための授業を開講することにした。着任早々御挨拶にうかがった心理学科のM先生から「お宅のコースの院生は、ここと、ここと、ここと、ここと、ここが…」というキツい御小言を頂戴したので、少しでも是正せねばと思いを新たにした。
心理学科なら学部2年生の時に「心理学実験自習」で1年かけて基本的なデータ集めの方法論やレポートの書き方を習っているものだが、独立専攻の大学院の志願者に最初からそういう下地を期待することはできないので、大学院に入ってから(あるいは、科目等履修生・研究生時代に)促成栽培で納期に間に合わせるほかない。ともあれ現実にそういう専攻が設けられたのはそれなりの社会的ニーズがあってのことだろうから、運営を任された者としては可能な限り人材育成に努めるほかあるまい。
運営↑
科目名↑
着任当初の2001年は「日本語教育特論」(春学期)、「言語教育情報リテラシー」(秋学期)という科目名で開講。最初に文献データベースの使い方などを教えるなどPCを多用したことから「この科目はPCの使い方を教える授業だ」と誤解する学生があらわれ、「もっと専門に関係のある授業にしてほしい」という大衆団交に呼び出される騒ぎとなった。(学生からの呼び出しを受けるまで、M1の間でそういう話になっていることに全く気づかなかった。)10人以上の学生に取り囲まれた時は、さすがに背筋が寒くなった。(怪我をしなくてよかった。)それより先、授業初日に「この授業は修士論文を書くための方法論を実習する」と説明していたのだが、ほとんどの学生はそのことを全く覚えていなかった。「相手は大学院生なのだから一度言えばわかるだろう。」という、着任当初の期待が甘過ぎたことを思い知らされた。
一方、2001年に「日本語教育特論」「言語教育情報リテラシー」を受講・聴講した博士後期課程の院生や修了生からは上記のようなネガティブな反応はなく、むしろ「Mの時にこういう授業が欲しかった」という声があった。おかげで「大学院生が将来必要とする知識技能を伝えている」ことには自信が持てて安堵したが、その必要性をM1に理解させることができていないことが授業の問題点であることも判明した。喉が乾いていない馬に水を呑ませることはできないと痛感。それ以来、どうやったら喉の乾きを自覚させることができるか、を考え続けることになる。
2002年も同じ科目名(「日本語教育特論」「言語教育情報リテラシー」)で開講。(当時は、科目名を変更するという発想自体が念頭になかった。)
2003年より授業の趣旨をより明示的に表明するため「応用日本言語学研究法実習」と改称。それ以来、上記のような誤解は少なくなったと思う。
受講資格↑
2001年、2002年は博士前期課程の科目として開講した。(学則により、博士後期課程の学生も選択科目として受講可能。)研究生・科目等履修生の受講は認めなかった。
入学審査・修論指導経験を経て「この程度のことは出願前に知っていてほしい」という思いを抱いたことから、2003年より研究生・科目等履修生の受講を認めることにした。(当時は科目等履修生がPCラボでログインできる制度になっていなかったので、情報処理センターと交渉。)
科目等履修生が学部科目と大学院科目を履修すると二重に入学金を払わなければいけないことが判明したので、受講生の金銭負担を軽減する方法を模索。本学学部生の大学院受験を促す意味も兼ね、2006年より学部科目(「日本語表現法1」)としても登録し、二枚看板で開講。それ以来例年何人かの学部生が受講登録しているが、学部科目に比べて課題の量が多いのが負担になっているのか、中途リタイアが続出。2007年は学部生がはじめて全課題を提出して無事単位認定を受けた。(→その後結局、他大学の院に逃げられた。)
TAの活用方法↑
2001年度ははじめての開講だったので自転車操業でカリキュラムを作ることになり、TAの活用についても長期計画がたてられなかった。主として提出課題の回収・返却などの用務を頼むことになった。
2002年度からは、前年までにこの授業を受講したことのある院生をTAに採用できることが可能になったので、要所で各自の専門分野に関しミニレクチャーを受け持ってもらうなどの活用を図った。また、修士時代の経験など先輩院生ならでは説得力のある回顧(後悔?)談を折に触れ語ってもらうよう、心がけている。
講義ノート↑
2001年度はワープロで資料を作りコピーを配布していた。これでは経費がかさむことや予習ができないことから、ホームページ上にコンテンツをアップロードした。主として更新の容易さを考慮し、2006年5月からはWikiに移行をはじめた。複雑な図表などを含まないテキスト中心のコンテンツは、極力Wikiに一本化する予定である。
電子掲示板↑
物理的空間が無いならバーチャルで、という発想から、授業の感想を毎週受講生にメールで提出させ、それをまとめてMLに流していた。こちらの加齢のせいもあってかその作業がキツくなってきたので、電子掲示板(パスワードつき)に移行した。
実習内容↑
「研究者のキャリア開発」「学会活用法」的なガイダンス↑
こういう話は座学よりも、同じ研究室の先輩から折に触れて聞いた方が身に付くものだという考え方がある。座学形式をするにしても、ある程度いろいろな情報源から知識や経験を得たうえで臨んだ方が吸収がいいことは容易に想像できる。
ところが残念なことに勤務校の担当コースは部屋割りの点でも恵まれず大学院生にデスクが与えられていないので、そういう話し合いを常時できる「空間」が確保できていない。しかも独立専攻とあって院生の大半は他大学出身者のため、学部生のころから大学院生のようすを間近で観察する機会が乏しい。よって、無理を承知で最初の学期に座学によるガイダンスとなっているわけである。
追試レポート↑
心理学科の学部2年レベルの実験実習のように毎週または隔週でレポートを提出させれば否応なしに書くことへの耐性ができるだろうが、それに対応できるだけのマンパワーがこちらにないので、一回だけ追試レポートを書かせることにした。
具体的には米沢久美子氏の修論研究を追試させ、グループ単位でレポートを書かせている。(内容よりも、学術論文の書き方のお作法の練習に重きを置いている。)授業直前に慌てて決めた選択だったが、振り返ってみると米沢氏の論文を追試対象に選んだのは以下の点で好適な選択だったと思う。
- リサーチクエスチョンが明示されているので、量的研究のモデルとして扱いやすい
- 推測統計学未習者でも、記述統計レベルの分析で結果が整理できる
- 対象領域(語用論)に詳しくなくても、常識の範囲内で何らかの解釈や考察ができる(より正確にいえば、できそうに見える)
- 著者が修了生なので調査用紙原稿の提供など協力を頼みやすい
「せっかくなら追試のテーマを学生に選ばせてはどうか」という提案があったが、追試対象になる論文の選定や材料の準備を終えたうえデータ収集と結果の整理・報告書執筆まで一学期でこなすのはほとんどの学生にとって荷が重過ぎると判断した。各自が異なる論文の追試を行なった場合、「論文の書き方」という観点からお互いの作品を比較対照することができなくなるのも、課題の目的にそぐわないと思われる。
グループ単位で作業させているのは、お互いの草稿を読み合うプロセスでいろいろなことに気づいてほしいからだが、グループで話し合う時間が足りないという声が受講生から出たので、2008年度はグループ結成の時期を早め、「論文の書き方チェックリスト」を作るなどの事前課題をさせることにした。あまり早いと受講放棄者が出る可能性があるので、学期の半ばあたりでいくつか課題をこなした後あたりが適切か。
「グループ名」を名乗らせるのは2007年度から始めた。グループ単位で意見を徴することが多いので指名をスムーズにするのがもともとの目的だったが、ネーミングに凝るグループが多い。修行には楽しさが必要です。
提出された原稿は章単位でグループ間の対比ができるよう、編集しなおした上で授業の前に受講者に配信し、あらかじめ読んでこさせる。ただ「読め」というだけだと身が入らないので、各章・節ごとに「どのグループが一番よかったか」を判定させる。(判定票も事前配布)
グループごとに章立てが異なるとこのような対比ができなくなることから、章立てはあらかじめ授業者が指示した。また、研究課題が意識できていないグループがあったことから、事前に追試結果をRQ整理表にまとめたうえ、それを文章化するよう指示している。
発表実習↑
「パワーポイントの操作方法を教えるだけでは身に付かないだろうから、何か自分で作らせて発表させてみよう」という軽い気持ちで発表実習をはじめる。
発表時間(3分)の設定↑
「授業一コマ(90分)を使って受講者(15〜20人)全員に発表させるためには、一人あたりの時間は3分あたりが限度」という安易な理由で設定。結果的には、特定のテーマについてある程度の構造性を持った話ができる最小限の時間として3分は適切だったと思う。事前準備も、3分間の発表なら何度もリハーサルできる。15分の発表をおざなりに準備するよりは短い発表を徹底的に練習した方が高い完成度が期待できる。
発表時期↑
M2の修論構想中間発表会が例年7月上旬〜中旬にあり、その司会・計時や会場・機材設定などはM1にやってもらっていることから、その予行演習を兼ねて3分間プレゼン発表会は7月上旬までに実施することとしている。
原稿準備↑
最初はパワーポイントでプレゼンを作らせてからその原稿を提出させていたが、これではパラグラフライティングなどの構造性のある原稿は作れないことが判明した。よって順序を入れ替え、先にパラグラフライティングにもとづく原稿を作らせてからパワポ作りに入ることにした。(各スライドの見出しは、原則として各パラグラフのトピックセンテンスを用いるよう指導した。)
マインドマップ(アイデア出し)
↓
アウトライニング(項目整理)
↓
パラグラフライティング(文章化)
↓
パワポソフト開発
という順序にしてから、それ以前よりスムーズに運ぶようになった。
作文技法としてピアレスポンスも紹介したが、それとパラグラフライティングのように構造面に着目した技法とをどう両立させるかについて定見がなく、最初の数年は試行錯誤が続く。戸田山和久氏の『論文の教室』にあるパラグラフライティングの解説を読んで開眼し、それ以来「トピックセンテンスをパラグラフに膨らませるための、ネタのヒントとしてのつっこみ」としてピアレスポンスを位置づけることにした。
ピアレスポンスのやり方も試行錯誤を重ねたが、「白楽天が自作の詩を無学文盲の老女に読み聞かせ、聞いてわかるまで推敲を重ねた」という故事からヒントを得て、「原稿を読み聞かせてその内容を相手に要約させる。その際、メモはとらせない。」というやり方を取り入れた。
録画↑
2004年度の授業で「実例がないとプレゼン実習で何をやっていいのかイメージがつかめない」という苦情が出たので、その年からビデオ撮影を始め、翌年度の受講生に見せることにした。
提出課題↑
以下の4点セットを回収。
- マインドマップ
- アウトライン
- 発表原稿
- パワーポイントのスクリンーンイメージ
セットをホルダーに入れて保存し、次年度以降の受講生が参照できるようにしている。
ホームページ作り↑
Ruth Kanagyがオレゴン大学で担当したResearch Methodの授業でホームページ作成を教えたという話を本人から聞き、そのアイデアを拝借することにした。2001年度は学生にHTMLファイルを提出させコースのサーバーにアップロードしていたが、これでは更新が面倒になることから、2002年度は「外部サーバーに置いてもよい」、2003年度からは「自分で外部サーバーを取得してURLを報告する」と課題を修正した。学生のホームページがその後の修了生・在学生ネットワークのハブになることをみこし、専用のリンク集をコースのサイトに置いている。
ホームページ作りで一番大切なコンテンツとサイトの構造を意識化させるため、ホームページ作りの作業に入る前に「優良個人サイトの選定と報告」という課題を与えた。
文献検索方法↑
例年、ERICなど各種の文献データベースやオンライン雑誌を紹介している。「研究への意欲に燃えて入学してきたばかりの大学院生なのだからこういう便利なツールを習えば感激し、その日から自分の研究テーマの文献をどんどん検索して読み始めるだろう」と当然のごとく予想していたが、その期待は甘過ぎたことが初年度から既に判明する。(M1の間を通じて全く利用していない学生が多数だった。M2になって修論ゼミで「修論テーマについて文献データベースを調べましたか。」と尋ねると、「それ何ですか?」と真顔で反問する学生がいて唖然とした。)
よって、「自分の興味に応じ50本(以上)の文献のリストを作成する」という課題を課することにした。
それを受けて提出された課題を通覧すると
- ほとんど和文文献のみで欧文文献が無い
- 統一したテーマ性のないばらばらな文献リスト
- 入門レベルの文献と極めて専門性の高いものが雑然と混在している
などの傾向がうかがえた。
そこで
- 特定のテーマに関する文献リストを作る
- 修士課程在学中の文献講読計画をたてるつもりで作業にあたる
- できるだけ多くの情報源を活用して文献リストを作る
- 重要度の順に文献を順位づけする
ことを課題の条件に加えた。
それでも身を入れてやらない学生は「それなりの文献を読んでそれなりの修論を書き、その後もそれなりの人生を歩むことになる。」と言ったらそれなりの反応があった。
「文献を読む前に「重要度の順」を決めることはできない」という苦情を受けたので、次のような説明をした。
「文献を読み進めるに際しては、常にその重要度を予測・評価しながら行わなければならない。最初は著者・掲載誌・標題や要旨などを手がかりに予測するが、実際に読んでみて思ったより重要なことがわかれば、同じ著者やアプローチの文献への期待値は上方修正されることになる(逆も然り)。この課題はその一連のプロセスの出発点である。」
研究アイデアネタ帳↑
2001年以降、毎年入試に合格した入学予定者への事前準備資料の中で「研究に関するアイデアを記録しておくように」と助言しているが(「アイデアを記録する」)、調べてみた結果、実行している学生はほとんどいないことが判明。実地にやらせて効果を体験させないと行動変容が起こらないという理由で、学期中に2週間にわたりアイデアを記録させる課題を取り入れた。その後も継続して記録しているか、それが研究に活かされているかは未検証。
勉学生活ポートフォリオ↑
自ゼミの学生用に考案したポートフォリオを、2003年度からはそれ以外の学生も含め「研究法実習」の受講者に提出させることにした。ただし、提出は春学期の一回のみ(自ゼミの学生は年4回)。
最初は5月の連休明けに提出させていたが、むしろ春休みの入学準備期間に自分の将来をじっくりみつめる機会を設けた方がよいという趣旨で、入学前の課題とした。「ろくに書けない自分が馬鹿に思える」というネガティブなコメントが学生から出たため、フォローの意味で後期課程の院生にポートフォリオ体験を語ってもらうことにした。
発話の文字化練習・発話誘出実験の方法・コーパス分析ソフトの紹介など↑
春学期のみの開講となったのを期に、こういった各論的な内容は心理言語学の授業に移行し、専門教育を希望する学生のみに実習させることとした。文字化は別の教員の授業で訓練が受けられるので、現在は扱っていない。
研究法実習のキャッチコピーとイメージキャラクター↑
キャッチコピー↑
「貴女をステキな魔女に変える20時間」
イメージキャラクター↑
キキちゃん以外に考えられません。